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其の四百七十七 満身創痍
しおりを挟む黒赤子の熱線が天を裂き、黒い異形の雷光の大玉が爆ぜた。
浅間山の山頂付近の空一帯がまばゆい白に染まる。
吹き荒れる暴風、轟く雷鳴、いくつもの稲光があらわれては消え、あらわれては消えるを繰り返す。
直撃こそは避けたものの、銅鑼たちは生じた破壊の渦に巻き込まれてしまった。
銅鑼は背に乗るおみつを守りつつ、懸命にそこから逃れようとするも、そうはさせじとばかりに周囲から破壊の尖兵らが執拗に追ってくる。
「くっ、上は駄目だ。いったん地上に――」
急ぎ高度を下げようとした銅鑼であったが、その次の瞬間のことであった。
ぴかっと雷光が閃き、右翼を落雷がかすめる。行きがけの駄賃だとばかりに、羽根をごっそり持っていかれた。
刹那、どんっという強い衝撃を受けて体勢が崩れる。さらに横合いからの突風に煽られてしまい、ついに均衡を保っていられなくなった。
「きゃあぁぁぁぁっ」
背にうずくまるようにしてしがみつく、おみつが悲鳴をあげた。
銅鑼はどうにかして体勢を建て直そうとするが、そこにふたたび落雷が迫る。
今度は左翼の端を削られた!
これにより風を巧く御せれない。従順であった風たちが一斉に反旗を翻す。
有翼の黒銀虎はきりもみしながら落ちていく。
「くそっ、このままではおみつが振り落とされてしまう!」
焦る銅鑼であったが、気持ちとは裏腹に体が言うことをきいてくれない。
するとそんな銅鑼の胴体にするすると絡んでくるものがあった。
おみつの帯であった。迷い家が善良な町娘に与えた不思議な帯、そいつがみずからの意思にて身をのばしては、おみつと銅鑼の身をしっかりと結ぶ。
これにより、おみつの方はひとまず無事だ。
銅鑼は墜落を回避することのみに集中することにした。
だがしかし、それを黙って見過ごすほど黒い異形は寛容ではなかった。
天より飛来した雷の槍が、銅鑼の右肩へと突き刺さる!
雷の槍は肩甲骨の辺りから胸部は鎖骨付近を貫通した。
ばかりか、じじじと不穏な震動を発しながら、次第に輝きを増していく。
刺さったまま爆ぜるつもりなのだ。
「こんちくしょうめっ!」
銅鑼が吠えるのと同時に雷の槍は爆発を起こした。
◇
……
…………
………………
風が止んでいる。
大地の震えも止んだ。
空はかわらず雷雲がひしめいているが、雷鳴は聞こえてこない。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていたのは、浅間山は山頂の火口近くである。
すでに黒赤子の姿はない。
銅鑼が危惧したことが起きたのだ。
三つ巴の混戦のさなかに、黒赤子が大地の力をたっぷりと溜め込んだ肉袋だと気がついた黒い異形が、これをおもうさまに打ち払い破壊しては、食い散らかし始めたのである。
いかに黒赤子が伝説のだいだらぼっちの幼体とはいえ、もとは有象無象の妖らの寄せ集めに過ぎない。
一方で黒い異形は戦うほどに強くなっていく。いまや天神さまの力をも自在に操っている。しかも黒赤子を喰らえば喰らうほどに、着々と天魔王へと至る階段をのぼっていく。
さほど刻をかけることなく両者の拮抗は崩れ、勝敗の天秤は黒い異形の方へと大きく傾いた。
そこから先は一方的な展開となった。
ただし、その場面を銅鑼たちは見ていない。
「……っ痛ぅ」
銅鑼が気がついた時、その身は火口の内側の斜面に転がっていた。
雷の槍の爆発にて吹き飛ばされたものの、どうにか踏ん張った。地面に激突するのをまぬがれ、不時着へともっていったのだが、そこで力尽きてしまう。
ちらりと背中に目をやれば、そこにいるはずのおみつの姿はない。結ばれていたはずの帯も失せている。どうやら不細工な着地を決めた際に、千切れてしまったらしい。
銅鑼は虎首をまわして、おみつの姿を探す。
すると、さいわいなことに少し離れた岩のたもとに引っかかるようにして、倒れている姿を見つけた。
気を失っているらしいが、胸元が上下しており呼吸はしている。とても無事とは言えぬが、とりあえずは生きている。
だから銅鑼はすぐにおみつのもとへと向かおうとするも――。
立ち上がろうとしたのだが、とたんにがくんと傾いて倒れてしまった。
それもそのはずだ、見れば右前足が根元からごっそり失われていたのだから。先に受けた雷の槍の仕業だ。
両翼はぼろぼろ、全身も傷だらけにて、体力妖力ともに消耗激しく、ついには右脚も失くした。
そんな満身創痍の銅鑼の前に、ゆっくりと降りてきたのは黒い異形であった。
より禍々しい容姿となりて、その背からはまるで大蝙蝠のような漆黒の翼が三対生えていた。
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