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其の四百七十六 化け物
しおりを挟む雷光が閃いては、黒赤子へと降り注ぐ。
身がひしゃげ、大きく斬り裂かれ、抉れて爆ぜては、辺りに腐肉が焼けた匂いを漂わす。
にもかからず、黒赤子の身は壊れたはしから元に戻ってしまう。
一方で黒赤子もやられっぱなしではない。手を乱雑に振っては、自分のまわりをちょろちょろしている黒い異形を叩き落とそうとする。巨体ゆえに手の平も大きい。迫ってくるそれは、さながら絶壁のよう。しかも振るわれるたびに轟っと風が暴れる。
巨体ゆえに的が大きいから攻撃を避けられない。たまに手をかざして庇おうとするも、それごとぐちゃり潰される。なのに壊されても壊されても、もとに戻る黒赤子。
同じく腕がもげようが、足が千切れようが、すぐに新しいのを生やしては復活する黒い異形。
世の理からはずれた慮外ども。
化け物同士の苛烈で不毛な戦いは、ますます激化の一途を辿る。
そのせいで、ただでさえ風が乱れがちな浅間山の山頂付近は大荒れだ。
強風を受けて砂利が飛ぶ。
ひとつひとつは小さいが、けっこうな勢いでもって飛ぶ。礫(つぶて)が激しい横雨となっては、なにもかもを打ちつけ一帯を席捲する。
だいの武芸者でもまともに立ってはいられないだろう。
さなか、町娘にすぎぬおみつは岩棚の洞の奥へと身を潜めては、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできない。
けれどもそこもまた安全とはいえなかった。
地鳴りが続ているばかりか、それがじょじょに大きくなっていたからである。
岩棚の天井からもぱらぱらと石の粒が降ってくる。硬いはずの岩肌にもひびが……。
余波は入り口の結界にもおよんでいる。地面に打ち込んだ杭のうちの何本かが傾いており、張ったしめ縄が緩んでしまっている。
結界はおみつの身を守る命綱だ。そのためきちんと張り直したいところだが、足下の揺れと風と礫が邪魔をする。
唯一の救いは、こちらの様子を遠巻きにみていた有象無象の妖連中が、いつの間にか消えていたこと。
でも、そのときのことであった。
びきりと不穏な音がして、自分の近くの岩肌にひときわ大きな亀裂が走る。
「っ! どうしよう、もうもたないわ。このままだと崩れて岩の下敷きになってしまう。ならばいっそのこと――」
覚悟を決めるなりおみつはすぐに動く。
大事な荷を懐に抱きながら、思い切って外へと出た。
直後のことである。
背後でどすんと重たい音がなり、ぶわっと大量の砂埃が舞う。衝撃が突風となり、これに背中を押されたおみつはよろけて倒れ伏す。
ついに岩棚が落ちたのだ。
もしもあそこで少しでも躊躇していたら……、おみつはぞっとした。
舞い上がった砂塵らが視界を遮っていたのは、ほんのわずかな間のこと。
すぐに山頂に吹き荒れる風が、すべてをどこぞへと押しのけた。
でも、そのせいでおみつは見てしまった。
想像を絶する化け物同士の戦いを。
「あぁ」
すぐにこの場から離れなければならない。
頭ではわかっているのに、体がちっとも言うことを聞いてくれない。
腰がぬけたわけではないが、四肢がうまく動かない。
そんな彼女めがけてごろりとやってきたのは、大きな岩である。
落石が、斜面を転がってくる!
おみつはどうにか気力を振り絞って、のろのろと逃げようとするも、落石の動きの方がずっと速い、ぶつかるっ!
せめて桃だけでも守らなければ――とっさにおみつは仙桃の入った箱を腹の下に庇って、うずくまっては、ぎゅっと固く目を閉じた。
でも、待てど暮らせど死の衝撃はこなかった。
変わりにその身がふわりと浮遊感に包まれる。
おそるおそる目を開けたおみつは、いつの間にやら自分が空を飛んでいたことに気がついた。
銅鑼の仕業であった。
間一髪のところでまにあった。おみつの襟首をくわえては、さっと飛び去り窮地を脱していたのである。
◇
空の上にて、おみつをきちんと背に乗せなおした銅鑼が「さて、まずいことになった」とつぶやく。
化け物同士で潰し合えばいい。
と言いたいところだが、ことはそう簡単な話ではない。
なにせ黒赤子は大地の力をたっぷりと溜め込んだ肉袋のようなもの。
黒い異形にとって、あの袋の中身は蜜だ。いまは怒りと苛立ちばかりが先行して、攻撃し壊するばかりだが、じきにそのことに気がつけば……。
が――ここで銅鑼の思考は中断される。
黒赤子が不意にこちらを見上げたかとおもえば、大口を開ける。喉の奥にて煌々と妖光が強まったかとおもえば、かっ!
吐き出されたのは眩い熱線だ。
ひと筋の熱線が、曇天を穿ち、空を切り裂く。
とっさに危険を感じて射線上から逃げたので、銅鑼たちは無事だ。
しかしほっとしたところで、横合いから飛んできたのは黒い異形の放った雷光の大玉である。
不意打ち! よもや黒い異形までもが、こちらを狙ってくるなんて!
銅鑼は翼をはためかせては身を翻し、どうにか直撃をかわすも、爆発から完全には逃げきれず。
「うわーっ!」
「きゃっ!」
銅鑼とおみつは蒼い光に巻き込まれてしまった。
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