狐侍こんこんちき

月芝

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其の四百七十五 三つ巴

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 だいだらぼっち、でいだらぼっち、だいらぼう、大太法師、大太郎坊、大人弥五郎……。

 様々な呼び名を持ついにしえの巨人は、日ノ本の各地に伝承を残している。
 富士の山は巨人が地面を掘って琵琶湖を作った際に出た、大量の土が盛られたもので、琵琶湖と富士山の途中にある山々は、土を運ぶときに零れたものである。
 なんていう、とんでも話も伝わっている。
 だいだらぼっちの足跡とされる窪地や池があちこちに点在しており、嘘か誠か、かの独眼竜・伊達政宗はだいだらぼっちの縁戚であろう大入道を退治したんだとか。

 黒い異形と化し天魔王へと近づきつつある藤士郎と銅鑼とが戦っているうちに、浅間山の火口の奥底より地上に溢れる大地の力を喰らった有象無象の妖たち。
 それらが寄り集まり、群体となり、ついには一体の巨大な黒赤子となった。
 だいだらぼっちの子ども?

 全身が黒く、のっぺりしている。
 淀みや穢れが川底にて溜まった、汚泥のような茶みがかった黒。
 見つめていると、ふっと気が遠くなって意識が吸い込まれそうな涅色(くりいろ)だ。
 輪郭はたしかに赤子だ。
 なのに目元だけが大人のそれで妙に血走っていた。口にもまた大人のように歯が生えそろっている。鼻や耳らしきものは見当たらない。
 それすなわち聞く耳を持ち合わせてはいないということか。

 何がどうして、そうなったのかなんて、誰にもわからない。
 ただ、わかっていることといったら、見た目は赤子でも可愛げなんぞは微塵もなく、たたただ不気味であるということぐらい。

 黒赤子が浅間山に取りついては、火口に頭を突っ込んでいる。
 大地の力をもっと欲してのことであろう。その姿は乳を求めては母親の乳房に吸いつく赤子そのもの。
 だがしかし、その身が大きくなったことにより、うまく吸えなくなってしまったらしくて、じきに黒赤子がじたばたとぐずりだした。

 黒赤子は山を覆うほどの巨体である。
 そんな化け物が身じろぎをすれば、それだけで周囲に多大な被害がおよぶ。
 癇癪を起こした黒赤子が、手足を振るたびに、大地が揺れて、山が震え削れる、土砂が飛び散っては周囲に瓦礫の雨が降り注ぐ。黒赤子はときに、手近な大岩をむんずと掴んでは、これを適当に放り投げたりもする。
 それは麓の鬼押出しの石原の方にまで届き、黒い異形と銅鑼は戦いどころではなくなってしまった。

 止めを刺そうとしたところを邪魔された黒い異形は、「がぁあぁぁぁぁああ!」と咆哮を発しては苛立ち、怒髪天を衝く。
 一方で窮地を救われる格好となった銅鑼であったが、黒赤子の出現に苦り切った顔をしていた。

「またぞろ余計なのがあらわれやがった。こいつはめんどうなことになったぞ」

 悪態をつき立ち上がる銅鑼であったが、よろけてしまう。

「おっと、まだ少しふらふらしやがる。ったく、藤士郎の野郎……こっちが気を遣って加減をしてやれば、どんどんつけあがっては好き勝手しやがって。
 ――って、まずい!」

 ぎょっと銅鑼は慌てた。
 なぜなら思うように大地の力を吸えなくなってぐずっていた黒赤子が、急に顔を向けたのは、おみつが隠れている山頂付近の岩棚の洞の方であったからだ。
 鼻がないくせに、匂いはわかるのか。
 あれは見た目通りの、産まれたばかりの赤ん坊と同じ。
 ただし、もととなった有象無象の妖らの渇望を引き継いでおり、極めて旺盛な食欲を持つ。
 そんな黒赤子が、おみつの持つ仙桃に目をつけ、そちらに向かおうとしている。
 だけでもやっかいなのに、そんな黒赤子へと黒い異形が猛然と突っ込んでいくではないか。
 戦いに水を差されたことが、よほど腹に据えかねたらしい。銅鑼そっちのけにて、黒赤子へと狙いを定めては襲いかかっていく。

「冗談じゃねえぞ! あんなところで殺り合われたら、おみつが仙桃ごと生き埋めにされちまうじゃねえか」

 銅鑼は駆けだした。
 助走をつけてから地面を強く蹴飛ばし、黒銀虎が跳躍する。合わせて翼を広げて宙へと舞い上がっては、急ぎ山頂付近にいるおみつの処へと向かった。


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