狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
474 / 483

其の四百七十四 だいだらぼっち

しおりを挟む
 
 石の原を駆け回っては、壮絶な衝突を繰り返す。
 そのうちに、銅鑼がはっとした。何ごとかに気がつき天を仰ぐ。
 虚空に浮かんでいるのは、幾本もの雷の槍たちであった。
 それらの穂先が銅鑼の動きに合わせて揺れては、ぴたりと切っ先を向けられる。

 銅鑼がこのままだとまずいと、いったん距離をとろうとするも、たくさんの槍のうちの一本が飛んできては地面に突き立ち、銅鑼の回避行動の邪魔をする。
 だから別の方向に逃れようとするも、すかさず別の槍がすとんと突き刺さる。
 これを皮切りに次々と降ってくる槍により、銅鑼の動ける範囲がみるみる狭まっていく。

 雷の槍の包囲陣。

 中に囚われた銅鑼は「しまった!」
 いつもならばさっと空を飛んで逃げるのだけれども、空には大量の槍があって逃げられない。
 逃げ場を失い、右往左往している銅鑼の姿に黒い異形がにへら。
 黒い異形が両腕を前へと突き出し、広げていた両の手の平を、ぐっと握りしめる。
 その動作に呼応して雷の槍の包囲陣がいっきに狭まった。
 残りすべての槍が銅鑼めがけて殺到する。

 どどどどどどどっ!

 たくさんの雷の槍による一斉攻撃が炸裂する。
 銅鑼は逃げられない。それでも最初のうちは限られた範囲にて、向かってくる槍を避けるなり、はじくなりして防いでいたのだが、右後ろ足の腿あたりに一発喰らったのを手始めとして、次々の槍の洗礼を受けることになってしまった。
 幾筋もの雷光がその身を貫き、突き抜けていく。
 けれども、それだけではない。体に刺さった槍が周囲の地面に突き立っていたものから、稲妻を呼び寄せては、銅鑼の身を手酷く痛めつけては責め苛む。

 一本一本に秘められた力は絶大にて、それが何本も何本も。
 さしもの大妖もついに膝をついた。
 だから黒い異形はこのまま押し切るつもりで、空の暗雲からさらに雷を集めようとしたのだけれども、その寸前ことである。
 この地に居合わせた誰もが予想しえない、驚愕の事態が起きた。

  ◇

 異変が起きたのは浅間山は火口の奥、大地の力が湧いているところである。
 そこで蠢いては、我先にと大地の力を啜っていたのは有象無象の妖たちだ。おみつの仙桃を狙ったのとは別派の連中だ。
 黒い異形が銅鑼にかかりきりになっている隙をついての、つまみ食い。

 ひと口呑めば、たちまち体中に活力がみなぎり。
 ふた口啜れば、たちまち力がずんと増す。
 み口食べれば、たちまち妖力が膨れあがる。

 呑めば呑むほどに……、喰らえば喰らうほどに強くなる……。
 有象無象の妖たちは夢中になって、大地の力を飲み食いする。
 だがしかし、それはとんだ勘違いであった。
 おちょこ程度の大きさしかない器に、徳利の酒をどばどば注いだところで受け止め切れるわけがない。
 そのくせやめられない、止まらない。一度でもこの味を知ってしまうとどうにもならない。加えて有象無象の存在ゆえに、渇望を抑える術も知らぬ。
 膨れすぎた身は、じきに耐えきれずにぱちんと破裂した。
 自滅だ。
 しかしながら、ことはそれではすまなかった。

 ぱちん、ぱちん、ぱちん……次々と爆ぜていく有象無象の妖たち。

 それらが消えたはしから、空いた場所へとべつの妖がとりついては、同じ末路を辿る。
 これが幾重にも幾重にも重なるうちに、奇異な現象が起きた。
 無惨に千切れ飛んだ肉片らが、次第に寄り集まってはくっつき、ひとつのぶよぶよした塊となっては、周囲に浮遊する破片らを巻き込み大きくなっていく。
 塊は他にも生じており、ある程度大きくなったところで、今度は塊と塊がくっついては、より大きな塊となる。
 まるで雪だるまのように大きくなっていったそれは、ついには有象無象の妖をも取り込み出す。

 たっぷり大地の力を喰らった直後の妖たちを吸収し、さらにぶよぶよの肉塊は大きく膨らんでいく。
 しかも、これまでの妖らのようにはじけることもなく、ずんずんと巨大化を続けていくではないか!
 個々では半端にも届かない有象無象の妖らが、大地の力を得て、自滅した骸が、群れ集うことにより、別の何かが産まれる。

 突如として膨れあがった妖気は、麓の石の原に居る銅鑼たちのもとにまで届く伝わるほど。

「ぎぎぎ?」

 黒い異形も銅鑼への攻撃の手を止め、おもわずふり返り山頂を見上げた。
 とたんに紅の双眸がかっと見開かれる。
 浅間山に覆いかぶさらんほどもある巨大な黒赤子がいて、それがまるで母の乳房でも吸うかのようにして、火口部分にはりついていた。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...