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其の四百七十二 皓月
しおりを挟む天へと黒い異形が片手を突き上げた。
「ぴゅろろろろろろろろ」
鳶(とんび)の鳴き声にも似た奇声を発す。
するとまるでこの呼びかけに応じるかのようして、暗雲が明滅しては、四方より集まってきたのは稲光たちである。
まるで空を駆ける蛇のごとく、雲間に潜っては顔を出し、潜っては顔を出し、雲海を泳いで目指すのは、黒い異形の手のひらだ。
一匹が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に……。
駆けつけた順にからまりあっては、寄り集まり団子となり、あらわれたのは雷光の大玉である。
ちかり、ぱちり……ちかり、ぱちり……。
大玉は青白く光りながら雷の茨をまとい、不穏な煌めきを放っている。
黒い異形は手の中のこれを眼下の鬼押出しの石原へとめがけて、投げようとする。
もちろん雷の槍を喰らって落ちた銅鑼に止めを刺すためだ。
が――黒い異形は腕を振り下ろすのを途中でやめた。
ぐりんと首を回して、顔を向けたのは浅間山は頂上近く。
とある場所を紅い目で凝視しては、にちゃりと厭らしい笑みとなる。
黒い異形が見ていたのは、おみつが隠れている岩棚の洞の辺りであった。
おみつの手元には仙桃がある。黒い異形は本能で、それこそが自分にとってもっとも脅威となる存在であると悟っていた。だからこそ、先に消し去ろうと考えたのである。
雷光の大玉を放つべく、黒い異形は体をそちらへと向けた。
けれども、大玉が放たれる寸前のこと――。
斬っ!
刎ね飛んだのは、大玉を手にした黒い異形の腕の肘から先の部分だ。
やったのは銅鑼であった。
背後からの一閃、風を濃縮した鋭い刃を飛ばす。
意識がすっかりおみつの方へと向いていた黒い異形は、風刃の接近に気づけず。無防備に片腕を両断されることとなった。
「ぎっ?」
あまりにも鋭い一撃にて、すっぱり切れたもので傷みを感じず。
一瞬の出来事、理解できずに黒い異形はきょとんとなる。
そんな相手に銅鑼が啖呵を切った。
「おいおい、てめえの相手はこのおれだろうが? なにをのんびりよそ見なんぞしていやがる。それにさすがにそいつはちょいと見過ごせねえなぁ!」
かぶっていた瓦礫を払い、有翼の黒銀虎が立ち上がる。
ふり返った黒い異形は、これを忌々しそうににらみ、ならばとばかりにまたぞろ雷の槍をくれてやろうとしたのだけれども、そこへ落ちてきたのが刎ね跳ばされた腕と雷光の大玉である。
黒い異形が気づいたときには、すでに手遅れであった。
さっきの威勢のいい啖呵の真の狙いはこれであったのだ。
自分に注意を引きつけておいての、時間稼ぎ。
気づいたときにはどかんという次第である。
まんまとその策に引っかかった黒い異形は、自分の出した雷光の大玉を自分で受けることになってしまった。
凝縮されていた力が解き放たれる。
刹那、空にあらわれたのは清く澄んだ皓月(こうげつ)。
煌々とした月の光が天地あまねく、すべてを白く照らした。
◇
白光が降り注ぎ、強風が吹き荒れる。
舞い上げられた大量の粉塵や火山灰のせいで、とてもではないが目を開けていられない。
空での大爆発!
銅鑼はとっさに手近にあった大岩の陰に隠れて、これをしのぐ。
時間の経過とともにじょじょに光が弱まっていき、風も収束していく。
やがて瞼を開けられるようになったもので、銅鑼がおそるおそる岩陰から顔を出し空を見上げてみたら、天には大穴が穿たれていた。
いや、より正しくは暗雲にぽっかりと穴が開いており、その向こうに星海が見えている。
雷光の大玉……、さすがに一帯を埋める暗雲すべてを払うほどの威力はなかったものの、もしもあんな代物をおみつ目がけて投げつけていたらどうなっていたことか。
最悪、浅間山も噴火していたかもしれない。
銅鑼はぞっとした。
一方で自爆した黒い異形はどうなったのかというと――。
隻腕の黒焦げの骸のごとき姿と成り果て、落ちては地面に転がっている。
それにのしのし近づく銅鑼が「さすがにちったぁ、こたえたか?」と声をかければ、焼け焦げた骸が身じろぎし、紅い目がぎょろり。
失われたはずの腕が傷口より新たに生え、全身を覆う鱗がぽろぽろと剥がれ落ち、まるで蛇が脱皮をするかのごとく、真新しい体が中からあらわれた。
膨れ上がる殺気、紅い双眸にはいまだに強い狂気が宿っている。
黒い異形はまだまだやる気だ。
その姿に銅鑼は「……だろうな」と嘆息しつつ、これを討ち倒すべく力強く駆け出した。
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