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其の四百六十八 再会の刻
しおりを挟む富士山に比べればひと回り小さい浅間山だが、その動きは活発だ。
記録に残る一番古い噴火は、飛鳥時代は天武天皇の御世となる。白鳳地震から約半年後にやった。このときは信濃国中に延々と灰が降り注ぎ、草木を枯らしたという。
平安時代には堀河天皇や鳥羽天皇の御世にも暴れた。この時はとくに噴出物が酷くて、舞い上がる粉塵が空を覆い陽を遮り、上野国一帯に大量の噴出物をまき散らす。田畑を埋めてしまい、農作物に壊滅的な打撃を与えた。ばかりか、火砕流も発生し山麓の集落がいくつも呑まれた。
崇徳天皇の御世にも盛大に火を噴いた。
室町幕府は足利義晴にて、宮廷は後奈良天皇の御世には噴石の雨を降らし、泥流にて周辺の集落を苦しめた。蛇掘川中流付近に残る七尋石(ななひろいし)の大きさを知れば、その時の噴火がいかに恐ろしかったのかを、如実に知ることができるだろう。
日ノ本中が戦に明け暮れていた、戦国乱世もお構いなし。一説には戦国の雄である武田信玄亡きあと、浅間山が噴火したせいで武田家の家運はいっきに傾き滅びたとも……。
そしてご存知の通り、江戸に幕府が開府し、徳川の御世となっても浅間山は頻繁に噴火を繰り返す。
だがしかし、こんなにしょっちゅう暴れていれば、当然ながら山自身も無事ではすまない。その度に凄まじい大地の力を振るうことになり、身を削ることになる。
浅間山は富士山などに比べるとこぶりで、遠目にはなだらか、姿は優美でたおやか。
とてもそんな癇癪持ちには見えない。
けれども火口へと近づくほどに、その恐ろしい本性が垣間見えてくる。
吹きさらしの山頂では、びゅうびゅうと乾いた風が吹く。
風には目や肺を蝕む粉塵が含まれており、細かな礫が飛んでは、この地を訪れる者を容赦なく叩きのめす。
切った大根の断面のように平らに見える山の頂、だがその内側はすとんと落ちている断崖絶壁となっており、ぽっかり開いているのは地獄へと通じているのかとみまがう大穴だ。
むき出しの岩肌に刻まれる縞模様、幾重もの地層にはこの山が暴れた歴史が刻まれている。
絶壁は根元から急な斜面となり、すり鉢のように底へと通じている。
砂、石、岩……荒涼とした地面はもろく崩れやすい。足掻けば足掻くほどに囚われる蟻地獄を彷彿とさせる。
穴に落ちたが最後、翼なき者が自力にて這い上がるのは困難であろう。
そのくせ、そこかしこの地面からしゅうしゅうと白煙が立ち昇り、息苦しい熱がある。命を奪う毒煙の溜まりもある。
人のみならず、およそ生きとし生ける者が近寄るところではない。
それが浅間山の火口だ。
だというのに、そんな火口の底にて蠢く影がある。
黒き異形――人の身から別の何かに変わりつつある九坂藤士郎だ。
火口の底にいくつか開いている穴のうちのひとつ、奥が煌々と赤く光っているそこに頭を突っ込んでは、ぐびぐびと何かを飲んでいる。
まるで獣が喉の乾きを癒すために、夢中になって水を飲んでいるかのよう。
ごくりとするたびに、体中に赤い波線が浮かんでは消えるを繰り返す。大地の力を身の内に取り込んでいるのであろう。
そのうしろ姿のなんと禍々しく、浅ましいことか。
火口上空へと近づいたところで、眼下にその姿を見た銅鑼とおみつは、狐侍のあまりの変貌ぶりに呆然となる。
「なんてこったい。いつのまにやら立派な角まで生えていやがる。あれじゃあ、まるで鱗の鎧を着た黒鬼……、いや、もとをただせば河童の秘薬のせいだから、水神の気が濃いのか? さながら竜人とでも言うべきか」
銅鑼は大きく目を見張りつつも、いまの藤士郎の状況、宿りし力を見極めようとする。
「たしかに強そう。いかにも魔王だわ。でも……」おみつは表情を曇らせつぶやく。「とても苦しそう」
その時のことであった。
ずっと赤く光る穴に首を突っ込んでいた藤士郎が、不意に身を起こしてはこっちを向いた。
紅の双眸が空をにらむ。
そこに浮かんでいたのは、怒りの感情のみ。全身から放たれる猛々しい気焔もまた怒気だ。
まるで藤士郎自身が火山になったかのようで、いまにも噴火しそうだ。
その姿に「あの様子だとやはり言葉は通じないみたいだな」と銅鑼は嘆息しつつ。
「どれ、いったん手近なところに降りるから、おみつはしばらく安全なところで隠れていろ。おれはあいつにちょいと灸を据えてくる」
言うなり黒銀虎は身を翻し、目星をつけてあった場所へと向かった。
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