461 / 483
其の四百六十一 妖怪道中記
しおりを挟む途中、こまめに休憩を挟みつつ、信濃国は浅間山へと向かう空の旅を続ける。
茜色に染まる空は、まるで燃えているかのようであった。
その日の夕焼けは、やたらと赤かった。
西の彼方には雲間より残光が最後の煌めきを放っている。
東の彼方に目をやれば、気のはやい夜の先陣がじりじりと押し寄せてきている。
ゆっくりと陰と陽が混ざり合っていく逢魔が刻――。
「ちっ、やっぱりか。くるぞ、おみつ! しっかり掴まっていろっ」
おみつがひしと広い背中に抱きついたのを確認してから、有翼の黒銀虎は己が両翼をばさりとひと振り。
とたんに翼の内側にて風が集まりうねっては、翼の主の身をぐんと押し上げる。
銅鑼はいっきに高度をあげた。
急上昇しつつも、視線は前方からはずさない。
夕焼けで赤く染まった雲、綺麗だがどこか不吉を連想させる凄味を持った景色、これにまぎれるようにして浮かんだのは黒い点、点、点……。
みるみる点が湧いては増えていく。
その正体は空の妖どもだ。
妖といっても、ぴんからきりまで。
知性があって、世の理を知り、分別があって、人の世と折り合いをつけて生きているものもいれば、獣の延長線上を本能のおもむくままに生きているものもいる。
いま、こちらへと向かってきている連中は後者だ。
自分が何者かなんて知らないし、考えたこともない。
ただ、その時、その時の渇望に従い、空腹を満たすべく行動する。
そんな妖どもが狙うのは、おみつが大事に胸に抱く小箱の中身だ。
常世仙桃・意富加牟豆美は霊験あらたかにて、大いなる神の霊威を宿している。
いかに厳重に封をしていようとも、馥郁(ふくいく)たる甘い香りは抑えきれない。
箱よりわずかに漏れているそれを嗅ぎつけ、妖どもが群がってくる。
おおかた、これを喰らえば心身ともに満たされるだけでなく、さらに強くなれるとでもおもっているのだろうが、それはとんだ勘違いだ。
喰えば死ぬ。
なにせ意富加牟豆美は、邪気や不浄を払い、黄泉の国の軍勢や化け物どもを退ける力があるのだから。
有象無象の木っ端妖怪なんぞは、ひと口かじっただけで即消滅する。四凶の大妖ですらも無事ではすまないだろう。
毒と薬は紙一重。耐えられるのは、人と妖、ふたつの属性を持ち、天魔王へと至るような者ぐらい。
それでも仙桃を求めて向かってくる。
蛾が闇夜の松明に群がるのと同じこと。
さりとて、妖どもを仙桃に近づけることは断じて、否!
なぜなら穢れに触れると、仙桃はたちまち腐ってしまうからだ。
空高く舞い上がった銅鑼、これにより向かってくる連中の頭上をとった。
古来より戦(いくさ)では高い所をとった方が有利とされている。
実際の戦場はそんな単純なものではないが、上から下へと向かうほうが勢いが増すのはたしか。
「邪魔だっ、どけ!」
一喝とともに黒銀虎の両翼が大きく広がり、そこより無数の羽根が放たれた。
羽根のひとつひとつが鋭利な薄い刃となりて、敵勢へと降り注ぐ。
これにより敵勢の足並みが乱れたところへ、銅鑼は単騎駆けをする。
猛る黒銀虎の爪が立ち塞がるすべてを切り裂く。
完全に陽が暮れて、夜となった。
おみつを背に庇いつつ、銅鑼は群がる有象無象を片っ端から屠り続けている。
なのに敵影は減るどころか、むしろじりじり増えていた。
飛び散る血肉、叫喚、闘争の気配、より濃さを増す死臭……。
それらが仙桃の甘い香りとあいまって、得も言われぬ薫りとなり、これが誘蛾灯となっているのだ。
「ちぃ、各々の力はたいしたことないが、数が多いのがやっかいだ。この分だと藤士郎の方も難儀していそうだな」
敵の一体の喉笛を噛み千切った銅鑼は、口の中の肉片をぺっと吐き出しつつ、浅間山があろう方角をひとにらみ。
この銅鑼の予想は当たっていた。
銅鑼とおみつたちのもとへ分別のない妖たちが群がっているように、大地の気を喰らっている藤士郎のところも、似たような状況に陥っていたのである。
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる