459 / 483
其の四百五十九 天魔王
しおりを挟む稲生物怪録に登場し、数多の妖怪たちを従える山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)。
吉備国は由加山にて妖鬼たちを束ねていたといわれる阿久良王(あくらおう)。
飛騨国に降臨した、八本の手足に前後両面に顔を持つという異形の両面宿儺(りょうめんすくな)。
鎌倉の頃に陸奥国にて猛威を振るった悪路王(あくろおう)。
備前国の比熊山付近にときおりあらわれるという神野悪五郎日影(しんのあくごろうにちえい)。
伊勢国と近江国の国境にある鈴鹿山に居座っていた大嶽丸(おおたけまる)という鬼神。
冤罪にて都を追われ、遠い九州は大宰府の地にて死してのち、ついに大怨霊と化した菅原道真(すがはらのみちざね)。
朝廷に弓ひき乱を起こし、「新皇」を名乗るも討伐され、その首は晒されるも、首だけとなってもなお暴れて祟ったという平将門(たいらのまさかど)。
保元の乱を経て讃岐へと配流されたのち、みずからの血にて五部大乗経の写本を行い、最後に舌を噛み切っては写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み冥府魔道に堕ちた崇徳天皇(すとくてんのう)。
戦国の世にいくつもの寺社仏閣を焼き払い、仏敵と認定され、第六天魔王と呼ばれた戦国の雄・織田信長。
大怨霊、魔王、鬼神、第六天魔王……。
呼び方はいろいろあれども、総じて邪悪な存在にて、争乱を招き地上に地獄を顕現せし者。
それが天魔王である。
平和や安穏、天下泰平を何より嫌い、人々の嘆きにうっとり陶酔し、血と死臭に溢れた戦乱の中に吹く殺伐とした風を好物とする、荒ぶる怪獣「橈骨(とうこつ)」なんぞも、これに近しい存在ではあるのだが、天魔王の恐ろしいところは、その影響力が大波となっては世界を席捲し、ありとあらゆるところに波及することである。
激しい野分がいくつも連続で押し寄せるようなもの。
誰も彼もが渦中へと呑み込まれては翻弄されるばかり――。
このままでは藤士郎が天魔王になりかねない。
地獄にて官吏を務める平蔵よりもたらされた驚愕の報せに、銅鑼たちは絶句する。
「そんな……。で、でも……だからって、どうして浅間山なんですか? あそこにいったい何が……」
おみつの疑問には銅鑼が答えた。
「あぁ、あの山は昔からふんづまりのせいか、やたらと怒りん坊なんだよ」
慶長、正保、慶安、承応、明暦、万治、寛文、宝永、正徳、享保、宝暦……。
徳川家が治める世になってから、将軍さまも代を重ね、年号も変わったが、その間にも猛り吠え続けていたのが浅間山である。
規模の大小はあるものの、じつに三十三回にも渡って暴れている。
これは同じく落ちつきがない九州の阿蘇や桜島なんぞよりも、遥かに多い。
記録に残されていない分も合わせたら、いったいいくつになることやら。
だが怒るのにも、元となる力がいる。
それこそが大地の力にて、信濃国の浅間山の地中にはそれがとりわけ多く溜まっている箇所があるのだ。
いまの藤士郎には、おそらく人としての理性はほとんど残っていまい。
そんな状態にあって、いっとう強く純然たる大地の力の気配を察知したがゆえに、彼の地へと向かったのであろう。
飢えからの渇望だ。
本能が力を求め、衝動のままに行動している。
その先に待つ破滅の奈落にはまるで気がついていない。
「落っこちる前に止めねえとな……。ったく、世話の焼ける男だ」
こうなれば手遅れになる前に、一刻もはやく浅間山へと向かうしかない。
そして例の地獄の仙桃とやらを、口にねじ込んでやるのだ。
だから銅鑼はさっそく桃を受け取り向かおうとするも、そこでおみつが「わ、わたしも行きます。いっしょに連れて行ってください」と言い出した。
気丈なことだ。藤士郎の身を案じてのことだろうが、さりとて危険ゆえに連れて行くことは出来ない。
だから銅鑼は「だめだ」とにべもなく。
しかし、ここで平蔵が鏡越しに「あー、それなんだが、じつは」と言い出したのが、仙桃の扱いについての大事なこと。
「その桃なのだが、じつは穢れに触れるとたちまち傷んで腐ってしまうのだ。そうなればせっかくの効能も失われてしまう」
ゆえに持ち運べるのは、心身ともに健全かつ穢れを知らぬ乙女のみ。
藤士郎の周辺にいる女性たちは、良し悪しにつけ癖の強い曲者ばかり。
条件に合致するのは、それこそひとりしかおらず、銅鑼は「はぁ、しゃーねえな」と嘆息した。
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる