458 / 483
其の四百五十八 朗報と凶報
しおりを挟む黒い異形と化し、江戸より消えた九坂藤士郎。
その行方を追うべく、各々が己の伝手を使った。
銅鑼は九坂家に出入りしている猫又や河童らを通じて、妖の筋から探る。これに稲荷たちも協力する。
南町奉行所の定廻り同心をしている近藤左馬之助は、自身は千曲屋騒動の後始末にかかりきりにて動けぬので、役所の情報筋から。
書物問屋の銀花堂の若だんなは、その顔の広さを活かして、商人らの情報筋を当たる。
騒ぎの終結と入れ違うようにして江戸に戻ってきた、知念寺の巌然と芝増上寺の幽海は、自分たちが留守にしている間に起きたことを聞くなりすぐに動いた。
寺社仏閣は日ノ本中に存在しており、その縦横のつながりは津々浦々にまで枝葉を伸ばしている。商人らの情報網にも決して引けをとらない。
これらの他にも藤士郎の出奔の報を耳にして動くもの多々あり。
表の裏、人と妖、それらはみな、これまでに狐侍に助けられて恩義を抱いていた者たちであった。
そのかいあってか、ぽつぽつと藤士郎の行方が知れてくる。
といっても、すでに人の姿をしていないので「奇妙なものを見た」「見知らぬ妖がいた」とかいうあやふやな情報だけれども。
集まった情報を整理してみると、どうやら藤士郎は江戸を飛び出し西へ、信濃国(しなののくに)は浅間山方面へと向かったらしいことがわかった。
これでおおかたの居所は知れた。
だがしかし――。
「ようやく見つけた。けど、どうすりゃいいんだ?」
でっぷり猫の銅鑼は、へちゃむくれの鼻にしわを寄せては、おおいに頭を悩ませる。
そうなのだ。
いくら藤士郎の身柄を押さえようとも、異形化した狐侍をもとに戻すことができなければ意味がない。さりとて肝心のその方法がわからない。
なにせ江戸でも屈指の知識人である幽海ですら、とんと心当たりがないという。
何か方法なり、解決の糸口なりが見つからぬかと、寺の書庫に篭っては膨大な蔵書を漁ってくれているが、いまのところそれらしいものは見つかっていない。
歩く仁王さまとの異名を持つ巨漢にて、腕っぷしもさることながら、妖退治の高僧としても名を馳せている百戦錬磨の巌然も、このような事例は初めてにて皆目見当がつかない。
藍染川一帯を仕切っている河童の得子や、狒々族の長なんぞも日頃の対立には目をつむり、協力しては何か豊策はないかと探してくれているが、こちらも成果なし。幽玄の狭間に住む大天狗にも訊いたらしいのだが、首を横に振られるばかりだったとか。
「くそっ! やはり約定通りにするしかないのか」
もしもの時には銅鑼がけじめをつける……という、藤士郎との約定。
それすなわち銅鑼が藤士郎を殺すということ。
日に日に思いつめるあまり、銅鑼はついに大好物の団子まで残すようになった。
おみつはかける言葉もない。
そんな銅鑼に朗報をもたらしたのは、藤士郎の父である平蔵であった。
伯天流道場の先代・九坂平蔵は、すでに去世の身だが、なんの因果かいまは地獄にて官吏の職についている。
その平蔵が、これまた死んで幽霊の身の上となっている妻志乃の所有する手鏡を通じて語りかけてきた。
「この度はうちの愚息が世話をかけてすまんな。それでどうしても伝えておかねばならぬことがあるのだ」
ひとつは朗報にて、ひとつは凶報だという。
そこで銅鑼はまず朗報から聞くことにする。
「ふむ。じつは私の上役である小野さまがお骨折りくださり、大王さまに頼んでどうにか希少な仙桃をひとつ下賜されることになった。それがあれば倅はもとに戻れるぞ」
小野さまとは、小野篁(おののたかむら)という人物。
伝説の偉人にして、お公家さまで従三位の官位持ち。反骨精神溢れる方で、豪快な逸話にはこと欠かず。はてにつけられた異名は「野相公」にて、自ら「野狂」と称するほど。弓馬のみならず学問にも精通し、努力を知る才人。小倉百人一首では参議篁(さんぎたかむら)で名を連ねている。
そんな御方だが、なんといっても有名なのが、昼は朝廷での官吏を務め、夜は冥府の閻魔庁にて裁判の補佐という二足の草鞋生活。
毎晩、都にある六道珍皇寺の古井戸からせっせとあの世に通っては働いていた。
とどのつまりは、平蔵の大先輩にして上役ということである。
藤士郎を人間に戻せる!
朗報に銅鑼たちが喜んだのは言うまでもない。
だが、はしゃいでいられたのもほんの束の間のことであった。
続く凶報により、いっきにお通夜のごとくになってしまった。
なにせ藤士郎が信濃国の浅間山へと向かった理由が、彼の地にて猛っている膨大な大地の力を喰らうためであり、それにより藤士郎が天魔王と化すというのだから。
そうなったら、もう助けられない。
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。

日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる