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其の四百五十一 狐侍、ただいま逃亡中。二十二日目 元の木阿弥
しおりを挟む倒れている彼女のもとへすぐにでも駆けつけたかったが、それを人面炎馬が許さない。
得体の知れない禍々しさ。かつて感じたことのない類の圧力にて、こうして対峙しているだけでも狐侍は身がすくむ。
(これで残り滓だって? とんでもない相手だよ)
うかつに背中をみせたら危うい。
「おみつちゃんを頼む」
狐侍は居合わせた河童たちにおみつのことを頼み、自分はひとり人面炎馬の前に立ち塞がった。
とはいえ、肝心の刃が効かないのには困った。相手の身は焔にて斬ったはったが通じない。体術なんて論外だろう。そのくせ向こうの攻撃はしっかり当たるのだから堪らない。
頼みの綱である銅鑼はあの様子だし……あてにしないほうがいいだろう。
「さて、どうしたものか――って、うわっ!」
いきなり人面炎馬が突っ込んでくる。
のんびり考えている暇は与えられなかった。
接近するとともに、ぶわっと熱波が迫る。熱気で喉がむせ、息が苦しい。
それでもどうにか直撃をかわした狐侍は、つい反射的に小太刀を振るう。すれ違いざまに狙ったのは前足の一本だ。
たしかに斬った。
が、手応えはほとんどない。
ばかりか逆に刃を伝って炎の蔓が手元にのびてきたもので、狐侍は慌てて手を引っ込める。
迫る馬体を転がり避けた狐侍、これにより全身を焼かれることはなかったが、小太刀を持つ右腕に痛みが走った。見れば着物の袖が黒く焦げていた。ひりつく、いくらか肌も熱でやられてしまったらしい。
それでも怯むことなく狐侍はすぐに跳ね起き構えた。
人面炎馬は強いというよりもやっかいな相手である。
「火を消すには水だけど、河童たちの技が通じないところをみると、水瓶程度の量ではまるで歯がたたないか……いったいどうしたら」
江戸水運の大動脈である大川のど真ん中にでも叩き落とすなり、鐘ヶ淵に沈めるなりすれば、さすがに消えるのかもしれないけど、肝心の方法がまるでおもいつかない。
人面炎馬は止まることなく襲ってくる。
無駄とわかっていても、狐侍もやむをえず反撃を試みる。
そうこうしているうちに、狐侍はあることに気がついて「おや?」と内心で首を傾げた。
「はて、相手の姿がじゃっかん縮んだような……」
はじめは気のせいかとおもったのだけれども、そうではなかった。
斬れば斬るほどに、ほんの少しずつではあるが、たしかに縮んでいる。
そこで狐侍がはたと思い出したのは、銅鑼が言っていたこと。
たしか銅鑼はこう言っていなかったか。
『ありゃあ橈骨の滓、最後っ屁みたいなもんだ。よって、放っておいてもじきに勝手に消滅する』と。
とどのつまり時間はこちらの味方にて、戦いが長引け長引くほどに相手が弱体化していくということ。
それにこの様子では、攻撃は効いていないけれども、少しずつだが削っており、消耗しているようだ。まったくの無駄というわけでもないらしい。
「なるほど、そうとわかれば!」
攻略の糸口を見つけた狐侍は、一転して攻勢へと打って出た。
手数の多さは伯天流の十八番である。ここぞとばかりに、小太刀の切っ先を閃かせる。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ」
汗だくとなり、狐侍は肩で息をしている。
そのかいあって人面炎馬はずいぶんと小さくなった。いまでは子牛程度だ。
ようやく勝ち筋が見えてきた。
安堵する狐侍であったが、その時のことであった。
突如として人面炎馬が馬首をめぐらす。向かったのは、すぐ脇で燃えている家である。
みずから火事場に突っ込んだもので、「まさか!」と狐侍。
ある危惧を覚えたのだが、それは現実のものとなる。
醜怪な人面が大口を開けては「すぅうぅぅぅぅぅ」
周囲にて燃え盛る火を豪快に吸い込んだとおもったら、人面炎馬の身がみるみる膨れ上がっては大きくなっていく。
炙られ苦しみながらも削った分が、すっかり元通り。
元の木阿弥、すべてがなかったことにされた。
悠然と炎の中から出てくる人面炎馬に、狐侍はおもわず後退る。
やられた! よもやこんな芸当が出来たとは……。
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