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其の四百四十四 狐侍、ただいま逃亡中。二十二日目 火輪落星
しおりを挟む炎羅童鬼と風雲雷鬼の衝突、熾烈を極める鬼神同士の戦い。
荒れ狂う海上、さなかのこと、渦中より飛び上がったのはふたつの影である。
天空めがけて真っ直ぐに駆けあがったのは、荒ぶる怪獣であった。全身を覆っていた炎は衰え、眩さはくすみ、両の牙が折れ、傷だらけとなり、長毛を振り乱しては狂ったように奇声をあげている。
これに遅れることわずか。
追うのは銅鑼だ。こちらも大小の傷をこさえており、火傷も目立つ。しかしその双眸は爛々と光り、口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。返り血にて濡れた背中の虎縞模様がより鮮明となり、黒銀の体毛が艶めく。爪がいくつか駄目になっているが、銅鑼はまるで意に介さず。闘争心を剥き出しにしては、獲物へと襲いかかる。
荒ぶる怪獣と唯我独尊な化け物と。
二体はぶ厚い暗雲へと突っ込み、雷鳴閃く闇の中をも突き抜け、勢いのままに雲の上へと飛び出した。
一変する世界――星の海と雲の海、その狭間には静寂だけが横たわる。
先に狭間へと抜けた橈骨が上空にて停止、下へと口を向け火球を放つ。
大きい! これまで放っていたものとは比較にならない大玉だ。
火輪落星(かりんらくせい)なる橈骨の攻撃。
「くたばれ、窮奇!」
小太陽と見まがう火球が落ちていく。
傍目にはゆっくりと落ちているように見えて、そのじつかなりの速度がある。
橈骨を追い狭間へとやってきた銅鑼は、そんな巨大な火球と出会い頭でぶつかることになった。
「げっ、正気かよ? 海の上でこんなもんをぶっ放しやがって」
大量の水の中に、高熱の塊を投げ込む。
その行為の危険性を知る銅鑼は、慌てて回避行動をとるも間に合わない!
火輪落星は、銅鑼ごと雲海へと沈んだ。
ひょうしに雲海にぽっかりと大きな穴が開き、火輪落星はなおも沈んでいき、じきに炎羅童鬼と風雲雷鬼の頭上へと降り、鬼神らをも巻き込んでは海面へと到達する。
刹那、かっと閃光が生じ、すべてを呑み込んだ。
◇
爆発による衝撃、破壊の嵐が吹き荒れ、海はぐつぐつと煮立ち、もうもうと大量の蒸気が噴出しては立ち昇る。
何もかもが消し飛ぶ。
江戸の海から、超大なきのこのような雲が生えた。
まるで世界の終焉を告げるかのような禍々しい光景の中、橈骨の嘲笑が木霊する。
「うひゃひゃひゃひゃ、やった、やったぞ! ざまぁみろ、ついに窮奇を滅してやったぞ!」
互いに四凶の一角に数えられるようになってから幾星霜。
周囲は畏敬の念を込めてそう呼ぶが、じつは橈骨は内心でこれがどうにも気に喰わなかった。誰かと並べられている時点で、たいそう不快であったのだ。
四凶はどれもこれもいずれ劣らぬ大妖にて、力の持ち主なのは認める。だが、それでも「己こそが」との自負があった。
太平の世を厭い、戦乱を招き、地上に怨嗟の声を溢れさせては、死の風を吹かせるのが橈骨という妖にて、それこそが己の存在意義である。
そんな橈骨の目に、曲者揃いの四凶の中でもとくに異質に映ったのが窮奇こと銅鑼であった。
欲望や本能のままに行動する他の四凶らを横目に、窮奇だけは我関せずでどこ吹く風だ。
気まぐれに暴れたとおもったら、急にそっぽを向いて興味を失う。ふらふらしているとおもったら、一ヶ所にて何十年もごろごろすることもある。売られた喧嘩はいちおう買うが、さりとてみずから売ることはほとんどない。
かとおもえば、弱い小妖どもや人間と馴れ合ったりもする。
窮奇が大陸から姿を消し、消息を絶ってからずいぶんと後になってから……。
江戸の道場で猫に扮して居候を決め込んでいると風の噂で聞いたときには、橈骨は我が耳を疑ったものである。「大妖としての矜持はないのか!」と憤慨すらした。
理解しがたい行動の数々。
わからない、わからない、わからない……。
釈然としない。納得がいかない。腑に落ちない。呑み込めない。もやもやする。
窮奇という存在が、どうにも己をいら立たせる。気持ち悪い。やることなすこと、何もかもが気に障る。
そのことを自覚した瞬間、橈骨の中で窮奇は排除すべき敵となった。
星々に手が届きそうなほどの遥か高見より、橈骨は下界を見下ろす。
きのこ雲から目をそらし、人面醜怪の怪獣が顔を向けたのは江戸の方である。
「どれ、邪魔者も片づいたことだし、ついでに江戸も吹き飛ばしてしまうか。古馴染みのために盛大な送り火を焚いてやるとしよう」
橈骨は二発目の火輪落星を放つべく、大口を開けた。
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