狐侍こんこんちき

月芝

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其の四百四十一 狐侍、ただいま逃亡中。二十二日目 四凶激突!前編

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 穏やかだった波が急に高くなった。
 吹く風も強くなり、白い飛沫が舞い上がっては、空の上にいる銅鑼のもとにまで届きそうなほど。
 だが実際に届くことはない。近寄ったはしから脇へと流され消える。見えない壁に阻まれるからだ。

「ぐるるるる」

 有翼の黒銀虎が唸る。
 上空では銅鑼を中心にして、風がびゅうびゅう鳴いては渦を巻いていた。

 巨大な渦がもうひとつ――。

 銅鑼の視線の先、眼下にあった。
 渦潮の中心にいるのは醜怪な異形の正体をあらわした橈骨である。
 海が轟々と波打つ。

「こぉおぉぉぉぉぉ」

 荒ぶる怪獣が全身の長毛をうねらせては、気焔を吐いていた。
 両雄が猛り、無言の殺気が圧力となる。膨れ上がった妖気が放出されては、ぶつかり合い緊張感が高まっていく。
 その影響で夜の海がじょじょに様変わりしていく。

 じきにふたつの渦の境界ががっつり接触した。
 それが戦いの開始を告げる合図となる。
 先に動いたのは橈骨だ。上空めがけて大口をあけたとおもったら、喉の奥より吐き出されたのは紅蓮の炎である。
 ただし、ただの炎ではない。
 勢いだけでなく、重さをも兼ね備えた妖炎にて、まるでしめ縄のごとく寄り集まってはねじれ回転しつつ、銅鑼へと襲いかかった。

 そんな紅蓮をもってしても風の壁は破れず。
 けれども暴風によって煽られ、いったんは流れた火はかき消えることなく、なおも上空に留まり続ける。
 結果、橈骨が吐き出し続ける炎を銅鑼の風の渦が巻き取るような形になった。
 風の渦が炎を呑み込み、みるみる赤くなっていく。それにともなって内部の空気も熱せられ、吹き荒れるは焼けるような熱波だ。

「ふはははは、そのまま丸焼きにして喰ってやる!」

 と橈骨。

「しゃらくせえ!」

 とは銅鑼。
 炎にまみれた風の渦の中から上へと飛び出し、すかさず両翼を振った。
 翼の内側より射出されたのは大量の羽根の刃たち。先ほど美小姓姿の橈骨の顔面を切り裂いた攻撃だ。
 橈骨は海の上を駆けては、降り注ぐ羽根の雨を掻い潜りつつ、ふたたび上空へ向けて火を吐く。
 ただし、これまでとは色が違う。吐き出したのは黒い炎であった。

 呪の込められた黒炎にて、触れれば毒のような症状を受ける。
 土地を枯らし、清水を穢し濁らせ、人間であればたちまち全身を浸蝕されて腐り死ぬ。
 大妖の窮奇である銅鑼といえども当たればただではすまない。
 ゆえに銅鑼は宙を疾駆し避けるも、逃がさないとばかりに黒炎が追いかけてくる。

 宙にて大きな八の字を描きながら銅鑼が舞う。
 撃ち落とそうと躍起になって、橈骨はいっそうの黒炎を吐く。
 銅鑼もよく躱したが、いかんせん黒炎には勢いがあり、なおかつ攻撃は執拗であった。

「ふはははは、遠慮するなよ窮奇。おれの奢りだ、たっぷり火を喰らえ。なにせ肉は腐りかけのほうが旨いからな」

 ついに橈骨の黒炎が銅鑼を捉えた!
 が――ここで銅鑼が急速反転、逃げるのを止めて、逆に黒炎へとみずから突っ込む。
 橈骨はとっさに反応できず。横薙ぎに吹かれる黒炎が空を切った。橈骨は慌てて戻そうと首を動かすも、急な動きに肝心の炎の方がついてこれない。
 右へ左へと大きく振ったせいで、生じたのはたわみ。反動で勢いも落ちた。
 これこそが銅鑼の狙いであった。
 すかさず銅鑼は黒炎のそばを伝い、さかのぼるようにして滑空しては橈骨へと迫る。

 両雄の距離がいっきに縮まり、接敵する。
 刹那、銅鑼が繰り出したのは虎爪、対して橈骨は牙にて迎撃する。

 ぎゃん!

 硬い物同士がぶつかるときに鳴る鈍い音が響き、ぴしりとひびが入り欠けたのは橈骨の左の牙である。
 けれども銅鑼の爪は無傷。

「ふふん」

 金目を細めては、銅鑼がほくそ笑みながら遠ざかっていく。
 これに橈骨は「おのえっ」とぎりぎり歯ぎしり。

 橈骨に一撃入れた銅鑼は海面すれすれを飛行しては、旋回にて続けての接敵を試みる。
 それを仕留めるべく、橈骨が口より次々と火球を撃ち出すも、銅鑼はこれを最小限の動きにてたくみに躱しながら、さらに加速。
 海面に線を描き水飛沫をあげては、縞模様の体毛をたなびかせて飛翔する黒銀虎が、ふたたび橈骨へと迫る。その姿はさながら疾風のごとし。

 しかし橈骨とて伊達に四凶と呼ばれていたわけではない。

「舐めるな! これでも喰らえ」

 言うなり橈骨は顔を己の足下へと向けた。
 またしても炎を吐き出すが、今度のは青白い炎であった。
 これに触れたとたんに、海面に変化が起きる。ぴきりぴきりと固まっては、白濁してたちまち凍りついていく。
 またたくまに一面が氷原と化した。
 かとおもえば、そこかしこに亀裂が走っては、下から突き破るようにしてあらわれたのは、氷の塊である。氷山だ。先端が尖っており、それ自体が凶器となっている。
 そんなしろものが雨後の筍のごとく生えては、銅鑼の行く手を阻み、串刺しにせんとする。


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