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其の四百十五 白い手
しおりを挟む襲ってきた悪漢を叩きのめして身ぐるみを剥げば、出てきたのは一枚の紙。
書かれていたのは、自分の首に千両もの賞金がかけられたこと。
藤士郎は手にした紙を返すがえす、だが短い一文だけにて、印などはなく誰がこんなふざけたことを始めたのかはわからない。
だからこの紙を持っていた相手から聞き出そうとするも――。
ざざざざざ……。
独特のすり足、武士が駆けるときのものだ。
それが複数、こちらへと近づいてくる。
なんとなく厭な予感がした藤士郎は、すぐさま身を隠した。
藤士郎が暗がりに身を潜めていると、あらわれたのは武士の一団である。数は七人、服装からして、どこぞの道場の門下生のようだ。
「くそ、こっちに向かったはずなのだが気取られたか? あの野郎、どこへ行った」
「おい、これを見ろ。妙な男が裸で吊るされているぞ」
「町人……だが、堅気じゃないな。身の程知らずにも奴の首を狙って返り討ちにされた口か」
「う~ん、ということは、すでにあの話がかなり広まっているということになるな」
「まずいぞ。急がんと他の連中に先を越される」
「積年の恨みもある。この千両首、みすみす逃してなるものか」
「探せ、まだ付近にいるはずだ。なんとしても見つけ出して仕留めるんだ」
隠れている藤士郎の耳に聞こえてきたのは、男たちのこんな会話。
恨みうんぬんと云っていたので、たぶん以前に伯天流に煮え湯を飲まされた、どこぞの剣術道場の門下生たちなのであろう。
これで匕首をひけらかす破落戸(ごろつき)だけでなく、武士からもつけ狙われていることが判明した。
けれども理由がわからない。
身に覚えが……なくはないけれども、さりとて千両もの大金をぽんと出すほどのことかといえば、藤士郎はおおいに首を傾げる。
「……にしてもまいったね。知念寺や銀花堂に左馬之助、妙に自分の周りで変事が重なるとおもっていたら、よもやよもやだよ。
この分だと家の道場の方にも押しかけている連中がいるかもしれない。とりあえず、一度様子を見に戻らないと」
とはいえ藤士郎は家の方はあまり心配していない。
なにせ伯天流の道場兼自宅には、母志乃がいる。
母はすでにこの世の者ではなくて幽霊の身の上である。それもただの幽霊ではなくて、土地や屋敷に憑く「家霊」という特殊なもの。
家の敷地内からは一歩も外に出られない代わりに、その支配領域内では絶大な力を発揮する。
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銅鑼もいることだし、まずめったなことにはならないだろう。
だからとて、あまりのんびり構えていたら、それはそれであとで母から咎められる。
「御家の一大事だというのに、なんて情けない。藤士郎さん、ちょっとそこにお座りなさい」
なんぞと長々お説教をされかねない。
それは勘弁願いたいので、藤士郎は周囲を警戒しつつ、家路を急ぐことにしたのだけれども。
◇
襲撃者に出遭うこともなく、近所までは無事に戻ってこれた。
そろそろくだん坂が見えてくる。坂をのぼれば自宅はすぐそこだ。
けれども、藤士郎はここで急に足を止めた。
前方に奇妙なものが見えたからだ。
民家と民家との隙間、路地と呼ぶにはいささか狭く、通るとすればせいぜい猫どもぐらいという場所の暗がりから。
すーっとのびていたのは白い腕。
女人のものだ。
それがちょいちょいと手招きをしている。
周囲には藤士郎しかいない。どうやら白い女の手は自分を招いているらしい。
状況が状況なので、藤士郎はこれを訝しむもそれでも臆することなく、白い腕へと近づいていく。
(殺気や害意の類は微塵も感じられない。これが演技ならばたいしたもんだ。それに罠だとしても、仲間が潜んでいる気配もないし、場所もない)
藤士郎が近づいたところで聞こえてきたのは、「季節外れの花火以来、ご無沙汰しております。九坂さま」との挨拶。
声だけで正体はみせない。
でも、藤士郎にはすぐにぴんときた。
季節外れの花火とは、銀花堂の若だんなが巻き込まれた冥婚人形での一件のときに、人形に宿った娘の魂を成仏させるために、打ち上げた花火のこと。
あのおりにいろいろと骨折りをしてくれた人物がいて、その中には裏稼業の元締めも含まれていた。
この声の主は、その元締めの側仕えの者だ。
では、どうしてこの頃合いで自分に接触してきたのか?
首狙いであれば、四の五の言わずに襲いかかればいいだけのこと。
何らかの意図があるらしく、とりあえず藤士郎は女の話に耳を傾けることにする。
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