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其の三百九十五 天守閣の大狒々
しおりを挟む「おっ」
「あら?」
「よかった。やっと合流できた……って、酒くさ!」
天守閣に通じているであろう階段の上がり口にてばったり顔を合わせたのは、得子と黄桜、肩に銅鑼をのせた藤士郎である。
得子は飲み比べを制し、黄桜は投扇興を制し、藤士郎は写経を済ませ、地団駄を踏んで悔しがる相手を残し、進んだ先でのことであった。
にしても、幻影城の中の入り組んでいることといったら……。
なにせ見た目と実際の距離がまるで違うのなんて当たり前。階段を上ったり下ったり、廊下を行ったりきたり、同じ区画をぐるぐる回ったり、部屋をいくつも越えては、天地が逆になったりもして「あれれ」
狒々どもの張った結界なのであろうが、城の内部は奇想天外な迷路と化していた。
すぐに自分の位置を見失い、うかつに足を止めればどっちに向かっていたのかもわからなくなる始末。ゆえに首を傾げつつも、ひたすら前へと進むほかなかったのである。
「その様子だと、それぞれ歓待を受けたみたいだねえ」
「まぁ、それなりに楽しかったですわよ」
得子が酒臭い息を吐けば、黄桜は目元を細める。
銅鑼も「饅頭の餡の味はなかなかであったな」なんぞと言う。
ひとりしかめっ面をしていたのは藤士郎のみ。なにせ黙々と写経をやらされただけなのだから。よもや箱根くんだりにまできて、内職の写本仕事をやらされるとは思わなかった。
「はぁ……とっとと旗を取り返して戻りましょう。あんまりのんびりしていたら、焦れた連中が大挙して押し寄せるかもしれませんから」
藤士郎は嘆息にて、階段を見上げた。
天守閣に通じる階段はとても急にて、もはや梯子である。手をつかねばとてもではないがあがれまい。
が、よほどの大きなお城でもないかぎりは、だいたいがこんな造りだ。
ぶっちゃけ実用性は低く、城や御家の象徴みたいなもの。お飾りである。屋敷の屋根裏部屋と同じで、物置代りにしているところも多いと聞く。
ぎしり、ぎしり……。
段の床板を踏みしめるごとに音がする。いまにも底が抜けそうでなんとも頼りない階段だ。とにかく傾斜が急で狭い。長身痩躯な藤士郎は、頭をぶつけぬようにとできるかぎり身を低くして進む。
これだと大柄な得子はより苦労するだろうと心配して、ふり返る藤士郎であったが案の定であった。
「ちょ、ちょっと、とっととあがってくださらない。貴女の下品なでかっ尻なんてじっくり拝みたくなんてないんですけど」
「おっとっと、どうにも狭くて肩が引っかかっちまう。酒のせいかちょっとふらついてねえ。悪いが、ちょいと下から押してくれねえか」
「なんでうちがそんなことを! あぁん、もう、本当に面倒くさいったらありゃしない。この酔っ払い」
階段の途中でつっかえた得子の尻を、下からぐいぐい。黄桜はぶつくさ文句を言いながらも手を貸している。やたらといがみ合っているふたりだが、じつは仲がいいのか?
なんぞと考えつつ、藤士郎も得子が階段をあがるのを上から手伝い、どうにかみんな揃って天守へと。
◇
薄暗い天守閣の内部、その奥、いっとう闇が濃い場所にそれは鎮座していた。
二丈ばかりもあろうかという、大狒々だ。やや窮屈そうに胡坐をかいては、こちらを見つめてにやにやしている。
「今宵は趣向を凝らしてみたのだが、楽しんでもらえたかな?」
これに得子は「悪くなかった。いい酒だった」と応じ、黄桜は「箱根の狒々はずいぶんと風雅なのですね」と口の端を歪め、銅鑼は「餡はよかったが、生地がいかん。もっとふっくら蒸しあげんと、歯の裏にねちゃつく」と文句を垂れた。
でも藤士郎は「……」
無言のままそれとなく周囲に視線を走らせる。探していたのは盗まれた優勝旗である。けれども、それらしき姿はどこにも見当たらず。
それすなわち、この大狒々が素直に旗を返すつもりがないということ。わざわざ待っていたことからして、どうやら、もうひと波乱ありそうである。
藤士郎が警戒していたら、はたしてその通りであった。
大狒々が一同に告げる。
「では、もうひと勝負といこうか」
言うなり、のそりと身を起こし、大狒々が天井に手をかけた。
ぐいとこれを持ち上げ身を起こすなり、急に景色が変貌する。
重厚に見えた天守閣――じつは軽い張りぼて!
天井がはずれて、四方の壁がぱたんぱたんと小気味よい音にて倒れていく。
残ったのは吹きさらしとなった天守の間。
そしていつのまにやら大狒々の手には太い綱が握られていた。
最後の勝負は、よもやの綱引きであった。
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