狐侍こんこんちき

月芝

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其の三百八十六 古代相撲

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 行司役にて、いざ土俵にあがる前に銅鑼が「……死ぬなよ」と言った意味を藤士郎は第一試合の開始直後に思い知る。
 見合って、見合って――からの「はっけよい、のこった!」
 ふつうの取り組みならば、ここで頭から激突する。
 しかし多々良伴太夫と蘇我太郎のふたりは違った。
 前に出ることなく互いに一歩下がり、各々が繰り出したのは手と足である。
 長椀を誇る多々良伴太夫の拳撃と、美脚を誇る蘇我太郎の蹴撃とがほぼ同時に放たれる。

 突き、殴る、蹴る……何でもありの古代相撲!

 河童は人間と相撲を取るときには、禁じ手が設けられている人の決めた定めに従って相手をしてくれているが、いざ、河童同士となれば遠慮は無用とばかりに、全身を凶器と化す。

 突き出された拳が空を切り、蹴りが立ち塞がるすべてを薙ぎ払うかのようにして地を滑る。
 が、多々良伴太夫は深く踏み込むことで蹴りの間合いを潰し、蘇我太郎は上半身を捻ることにより拳を回避、両名は、相手の攻撃が当たる寸前に、ぎりぎりのところで初撃をいなす。
 すれ違い様、互いの肘と肘がばちりとぶつかり重たい音を響かせる。
 互いに肘打ちにて相手の横腹を狙っていたのだ。
 しかし第二撃も不発に終わった。
 ふたたび距離をとる両名……と、その邪魔をしないように立ち居振る舞いを強要される行司役の藤士郎は、早くも冷や汗たらたらである。
 河童たちの動きは想像以上に激しく、なおかつ軽やか。土俵の中をめいっぱい使っては、目まぐるしく立ち位置を変えるもので、ついていくのがやっと。だというのに、これでまだ互いに様子見程度なのだから。

 多々良伴太夫が正面を向き、両腕をだらりとさせては、その身がゆらりゆらり。
 したかとおもえば、不意に腕がしなり拳がうなり、まるで鞭のように両腕が暴れ出しては、滅多やたらと拳が乱れ飛ぶ。
 正確さを捨て、速さと数を重視した乱れ打ち!
 その一打一打が目にも留まらぬ速さにて、さしもの蘇我太郎もこれはかわし切れず。腕をあげて顔面を守るとともに、やや腰を下げ背を丸めて亀のように縮こまってどうにかしのぐ。
 怒涛の攻撃により生じる圧にて、守勢に回った蘇我太郎はじりじりと土俵際に追い込まれていく。

 西国一のもて河童がいいように嬲られる姿に、客席の男性陣はより興奮し、女性陣からは悲鳴があがる。
 ほんのわずかにでも足が出たら、すぐに勝敗を決して試合を止めねばならぬ藤士郎は、極力身を低くしつつ、拳打のとばっちりを避けては蘇我太郎の動向に目を光らせていたのだけれども、だからこそこの場の誰よりも先にそれに気がついた。

 蘇我太郎だが、殴られるに任せているようにみえて、がっちり顔面を守っており、腕の隙間からのぞく瞳には、いまだに強い光が宿っている。あれはまだまだ勝負を諦めていない。
 それから注視すべきは土俵際にて踏ん張っている右足だ。
 ひれのある五指を地面に喰い込ませつつ、しっかり立てたつま先、あれは勢いよく飛び出す直前の足の形である。土俵際を足場にして、より強い瞬発力を産み出すためのもの。蘇我太郎はじっと機を伺っている……。
 そしてその時は唐突に訪れた。

 止めとばかりに二本の腕を大きく振りかぶった多々良伴太夫、右の裏拳による横薙ぎにて蘇我太郎がぐらついたところをすかさず、左のかちあげをぶち当てる。これにより守りが崩れて、蘇我太郎は諸手をあげる格好となった。
 ついに城門は破られた。あとは本丸に攻め込むのみ。
 けれども勢いのままに攻め込もうとした多々良伴太夫を待ち受けていたのは、蘇我太郎の前蹴りである。
 守りが崩れたのはわざと。蘇我太郎が追い詰められていたのはたしかだが、その中で敢行されたのはぎりぎりのかけ引き。ほんのわずかにでも頃合いを見誤れば、そのままいっきに押し切られていたはず。
 土俵際の攻防、これこそが相撲の醍醐味であろう。

 逆襲の一撃として放たれた蘇我太郎の前蹴り。さながら破城槌のごとき蹴りが、多々良伴太夫の胸元へと吸い込まれる。
 これが決まり手となり、第一試合の勝者は蘇我太郎にて西軍がまずは一勝を得た。


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