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其の三百八十五 相撲大会、開幕
しおりを挟む神さまに捧げる祝詞が朗々と読み上げられた。
それがすむと、土俵にお神酒が撒かれて、みなでしばし黙祷を捧げる。
どんっ! どんっ! どんっ!
力強く打ち鳴らされたのは大太鼓。
その調子に合わせて境内に入場してくるのは、東西の両陣営だ。
東軍は得子を筆頭に、男三人に女が一人。
西軍は黄桜を筆頭に、これまた男三人に女が一人まじっている。
人間の相撲の土俵は女人禁制であるが、河童の相撲にはそんな決まりはない。男女混合である。強者こそが正義にして尊ぶべき存在、性別なんぞはたいした意味をもたない。
西軍の陣容に得子が片眉をぴくりとさせる。どうやら黄桜があてつけがましく東軍に合わせてきたようだ。
それにより両陣営が同じ男女比となったわけだが、その内訳はかなり異なっている。
まず東軍だが、全体的にしゅっとした体形の者ばかりにて、なかには若者や初老まで混じっていた。
一方の西軍だが、こちらは全体的にごつい。
黄桜こそまるで錦絵から抜け出てきたかのような艶姿であるが、男たちは巨漢の入道に武人然としたむっつり顔、しゅっとした役者顔もいるが美丈夫にて、女もまた大きい……まるで動く小山だ。
両陣営の体形だけを見比べれば、大人と子ども……とまでは言わないが、力士と素人といった印象を受ける。
これでは得子はともかくとして、すぐに決着がついてしまうのでは?
この日のためにと仕立てられた、まっさらの麻裃(あさがみしも)の行司装束に着替えさせられた藤士郎は、ちらりとそんなことを思ったが、すぐにその考えを改めた。
「そうだった。この相撲ってば勝ち抜き戦だったんだ。だったら得子ひとりで五人抜きをしちゃっても、勝ちは勝ちなんだよねえ。
だから、あえて若いのにも経験を積ませるために入れたのかしらん。
でも、それだとあの初老の方の説明がつかない、か。それにあの得子がそんなまどろっこしいことを考えるかなぁ。
だとすれば……もしかして、これはこれで必勝の陣営なのかもしれない」
悠然と境内に入場してくる河童力士たち。周囲からの声援に手を振り応えている。
一度(ひとたび)土俵にあがればがちんこの真剣勝負だが、それ以外ではやはりお祭りの催しなので、あまり殺伐とした雰囲気はない。
ぎんっとにらみ合っているのは、もっぱら得子と黄桜ばかり。
その様子を舞台袖から藤士郎がのぞいていると、足下にて烏賊焼きにかぶりついていた銅鑼がぽつり。
「……死ぬなよ、藤士郎。いよいよ駄目だとおもったら、迷わず土俵の外に逃げろ」
幾多の戦いを経てきた藤士郎ではあるが、出がけに銅鑼からそのようなことを言われた覚えはとんとない。
だから言葉の意味を問おうとするも、そこで名前を呼ばれてしまった。行司役の出番だ。
そのせいで詳しく聞きそびれてしまったのだけれども、その意味を藤士郎はすぐに身を持って思い知ることになる。
◇
一番勝負を飾るのは、東軍は多々良伴太夫(たたらばんだゆう)、西軍は蘇我太郎(そがたろう)のご両人。
多々良伴太夫は、下総(しもうさ)の常陸川(ひたちがわ)に住む若い河童。手足がひょろ長い。一見すると頼りなさげだけど、その長い手足をつかった取り組みは、なかなかにやっかいそうである。
蘇我太郎は、姫路は播磨の国の河童だ。しゅっとした男前、役者顔負けながらも、体は引き締まっており偉丈夫である。彼が土俵にあがった途端に境内中から、きゃあきゃあと黄色い声援が飛び交う。どうやら蘇我太郎は西日本でも屈指の色男河童らしい。
会場に詰めかけた女性陣から圧倒的支持を受ける蘇我太郎、対して多々良伴太夫には男性陣からの野太い声が多数届く。
「あんな優男、めためたにしてやれ!」「顔か、やっぱり顔なのか?」「がんばれ伴太夫、おまえには俺たちがついているぞ」「やっちまえ」「色男死すべし」
もっとも大半がこんな声援にて、もてない野郎たちの妬み嫉み混じりであったけど。
行司として土俵に立つ藤士郎は内心で「河童の世界も人間の世界もさして変わらないんだねえ」なんぞと考えつつ、さりげなく舞台上の両名を見比べる。
多々良伴太夫はなんといっても手足の長さが際立つ。相当に懐が深い。それに手が長いがゆえに奥襟やら、廻しがとりやすい。どころか河童の甲羅の縁にもやすやすと手が届き、がっちり掴める。これはかなり有利だろう。
蘇我太郎は上背もあり均整がとれた体躯をしている。着流し姿がさぞや絵になることであろう。そつがない。が、それゆえに突出したものもない。なのに、妙に腰が据わっている印象を受ける。
藤士郎は視線を動かしその原因を探り、そして知った。
まるで大地に根を張っているかのような安定感をもたらしていたのは、蘇我太郎の足下、ふくらはぎの部分である。足全体が逞しいのだけれども、とくにふくらはぎの膨らみ方が尋常ではない。
すなわち、そこだけより重点的に鍛え上げたということ。
それが意味しているところは――
と、ここで両者の呼吸が合い、場に戦の機運が充ち、時間いっぱいとなってしまった。
いよいよだ。
人外同士の立ち合いが始まる。
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