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其の三百八十 怪談祭提灯
しおりを挟む草木も眠る丑三つ時。
からん、ころんと下駄の音がする。
ひょるりと生温かい風が吹く。
ふっ、耳元に息を吹きかけられ、頬を撫でられたような感触に驚いて、六太郎が目を覚ますと、裏庭に浮かんでいたのは祭りの破れ提灯であった。
その周囲にはいくつもの人魂が浮かんでおり、その青白い炎に照らされて闇の奥より、ひゅうどろどろ~。
あらわれたのは女の幽霊……。
幽霊の正体はお岩さん、浮かんでいる人魂は野次馬でついてきた墓場の隣人たち、提灯は近くの納屋にうっちゃってあったのを拝借してきた。本当ならば牡丹灯籠としゃれ込みたかったのだが、あいにくとそんな気取った品は落ちてない。でもって息を吹きかけたり頬を撫でたのはでっぷり猫の銅鑼にて、下駄の音は藤士郎が物陰にて手にはめて鳴らしたもの。
かくして、お峰の作・演出による即興劇「怪談祭提灯」の始まり始まり。
◇
もしも死んだ女房の幽霊があらわれたら?
お峰のところは、亭主がすっかり怖がってしまい、まともに話をすることもできやしなかった。ばかりか修験者を雇って追い払おうとする始末にて散々であった。
一方でお岩さんのところはどうであったかというと、こちらもまともに会話にはなりやしない。
ただし、それは六太郎が号泣したからである。
六太郎はおいおい泣きじゃくるばかりにて、まるで母とはぐれた幼子のよう。
もっとも相手はすでに儚い身にて、ひしと抱き着くこともままならない。それがいっそうの悲哀となっては、男の涙を誘う。
「いっしょに連れて逝ってくれ」
と六太郎、涙ながらの嘆願には「おまえさん、しっかりおし」と説教をするつもりであったお岩さんもすっかり困り顔となる。
そのせいでちっとも話が進みやしない。
このままでは夜が明けてしまう。
そこでお峰は急遽、話の筋を変えた。
予定ではお岩さんがこんこんと言い含めて、六太郎を悔い改めさせるつもりであったのだが、それをばっさりやめた。その替わりにこのまま身を持ち崩したら地獄行きにて、あの世で会えない、来世でも添い遂げることはできない。
という適当話をでっちあげて脅すことにする。
すると効果は覿面(てきめん)であった。
「やめる、やめる。泥棒なんてもうしねえ。なんだったら、誓いの証として、この指全部をそっくり叩き切ってやる」
なんぞと言い出しては台所から出刃包丁を持ち出したもので、これには周囲の方が慌てたものである。
酒も入っており本当にやりかねない勢いだったもので、やむを得ずここで藤士郎が介入する。素早く背後へと忍び寄り、後頭部に手刀を見舞って昏倒させるはめとなった。
きゅうと目を回し、のびている六太郎を見下ろしつつ――。
「あー、驚いた。良くも悪くも一本気な人だよねえ」
藤士郎はまだどきどきしている。
「いや……、こいつの場合はただの阿呆だろう」
銅鑼はやや呆れ顔にて、六太郎の頬をぐにぐに肉球で小突く。
「ったく、思い切りが良すぎるよ。おかげでせっかく考えた芝居の筋が台無しだ」
ちょっぴり怖いけれども、ほんわか泣ける。
涙ながらの人情噺に仕立てるつもりが、ぶち壊しとなりお峰は「やれやれ」と肩をすくめている。
「うちの人がすみません」
お岩さんは周囲にへこへこ頭をさげては、協力してくれたみんなに謝りつつ礼を述べていた。
とにもかくにも、これにて一件落着か?
六太郎も二度と馬鹿な真似はしないだろうし、あとはからくり箱を持ち帰って、やっかいな中身を処分するばかり。
「さぁ、とっとと墓場に戻って、手紙を焼いてしまいましょう。そうすりゃあ、気兼ねなく逝けるってものさ」
お峰の言葉が合図となって、からくり箱を回収した藤士郎たちはすみやかに撤収することにした。
◇
ところ変わって、夜明け前の墓場にて――。
お峰の墓前にて彼女の指示にしたがってからくり箱を開け、中身を取り出して焼こうとしたのだけれども、おもいのほかに箱が手強くて随分と手間取ってしまった。
すでに東の空が薄っすら白んでいる。
「おっと、もたもたしていたら、寺の者が朝の掃除に来てしまう。急がないと」
地面にぶちまけた文の束に火をつけようとする藤士郎だが、その時のことである。
銅鑼が朝靄の向こうをにらみ、「待てっ! 誰かこっちにくるぞ」と言い出した。
こんなところを見られたら言い訳のしようがない。
お峰はどろんと姿を隠す。人魂たちもふつりと消えた。
藤士郎たちは地面に広げていた一切を慌てて拾い集めるなり、最寄りの墓石の裏へと転がり込んだ。
それと入れ違うようにして墓場にあらわれたのは、意外な人物であった。
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