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其の三百七十九 夫婦いろいろ
しおりを挟むとにもかくにも、文箱を盗み出した下手人の目星はついた。
だからさっそく藤士郎たちはお岩さんに案内されて、亭主のいる家へと向かうことにする。
道中、何度も頭をさげては「どうかどうか」と許しを請うお岩さんに、お峰は「べつにとって喰いやしないって。それに表沙汰にする気もないから安心おし。こっちは箱さえ無事に戻ればそれでいいんだから。むしろ外に持ち出してくれて、いらぬ手間がはぶけたってもんさね」と逆になだめていた。
までは、べつにかまわないのだけれども……。
「どうしてこうなった?」
「とんだ、ちんどん行列だな。けけけけ」
歩きながら首を振る藤士郎と、にへらと笑う銅鑼。
前を歩く……のではなくて、浮かんで進むお峰とお岩、これに続く藤士郎たちなのだが、そのあとにづらづらと並ぶは人魂の群れ。
墓場での愚痴合戦で盛り上がった面々は、「こんな面白そうなこと、見逃すなんてもったいない」と、こぞって野次馬をすることに勝手に決めてしまった。
お峰さんもそうだが、どうやらこの地域の亡者たちは、ずいぶんと活きがいいらしい。
あるいは寝た子も起きるという、読経がへたっぴな住職のせいなのかもしれないけど。
◇
六太郎の住まいは、郊外の一軒家であった。
周囲は田んぼと林ばかりにて、隣家とは少し離れており静かな環境である。敷地内には小さいながらも畑があって、老後はのんびり夫婦水入らず、土いじりでもして過ごそうと購入したそうだが……。
「ぱっと見には小綺麗に見えたんだけど、近づいてみるとけっこう荒れてるよね」
藤士郎はその荒れ具合に顔をしかめた。
「前庭は草がぼうぼう、門は開けっ放し、雨戸も締めておらず、破れ障子も目立つ。人が住んでいる温もりがまるで感じられねえ。まるで幽霊屋敷だな。本当にここに住んでいるのか?」
門前にて銅鑼は明け透けに物を言う。猫の身にて、遠慮というものがない。
「家は住む者の心を映す鏡ってね。それだけ、恋女房に先立たれて寂しいってことさ。うちの旦那とは大違いだよ。女房冥利に尽きるってものさ」
そう言ったのはお峰である。
けれども褒められたお岩さんは、うれしいような、それでいてちょっと困ったような、なんともいえない表情を浮かべていた。
とりあえずついてきた野次馬どもや、お峰らには隠れてもらって、藤士郎が代表して「ごめんください。夜分に恐れ入ります」と声をかけるも、応答はなし。
泥棒名人、またぞろお勤めに出ており留守なのかもしれない。
どうしたものかと藤士郎が悩んでいたら、銅鑼はかまわずずかずかと家にあがり込んでしまった。
「ちょ、ちょっと銅鑼。さすがにそれはまずいって」
「どうせ盗人のやさだ、かまいやしねえよ。それに咎められたところで、おれは猫だしな。にゃあとひと鳴きすれば、それですむ。とっちめられるのは藤士郎、おまえだけだ」
「ひどい!」
なんぞと言い合いながら、藤士郎と銅鑼は家の中へと。
廊下をそろりそそりと進めば奥から聞こえてきたのは、ぐぅぐぅという高いびきである。
六太郎だ。彼は裏庭に面した一室にて、徳利片手に飲んだくれては、大の字になって寝ていた。
みれば、すぐそばに文箱らしきものが投げ出してある。
おそらくはあれがお峰のからくり箱なのだろう。酒のさかなに遊んだか。あれこれいじくった形跡はあるが、開けるまでには至っていないようで、藤士郎はひと安心するも顎先に手を当て。
「さて、どうしたものやら」
箱だけを持ち出すのは簡単だけれども……、そこで聞こえてきたのは六太郎の寝言である。
「お岩のばかたれ、どうして俺をおいて先に逝ったんだ。うぅ、こっちが見送ってもらうはずだったのに」
開け放たれたままの障子戸、裏庭から差し込む月明かりが照らすのは、老いた六太郎の寝顔にて、その目元には涙のあとが光る。
……これは切ない。
いつのまにやら裏庭にまわっていたお峰やお岩さんら。
「本当に、女房冥利だねえ。同じ女として、これだけ想われていたあなたが、私はうらやましい」とお峰。
「とはいえ、自分が死んだせいで身を持ち崩されては、心配でおちおち成仏もできません」とはお岩さん。
このままうっちゃってしまうには、いろいろと知り過ぎてしまった感がある。
というか、きっと寝覚めが悪くなる。
そこで藤士郎たちは箱を回収するついでに、お岩と六太郎夫婦にちょいとお節介を焼くことにした。
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