378 / 483
其の三百七十八 愚痴墓場
しおりを挟むここは宵闇の墓所である。
いかにもな雰囲気にて、青白い火の玉のひとつやふたつ浮かんでいてもおかしくはない。
現に骨女が迷い出ているし……。
そして家の内でも外でも散々に不思議な目に合っている藤士郎は、いまさらこの程度では動じない。
声をかけてきた人魂はお岩さんといった。
お峰に遅れること、三月ほどあとにここのごやっかいになるようになった新入りである。
とはいえ、お峰みたいにふらふら出歩くこともなく、おとなしくしていた。
なのにこうして藤士郎たちの前に顔をみせたのは、たまさか泥棒うんぬんという会話が聞こえてきたから。
「じつは、さきほどのお話しがちょっと気になったものですから……。そのぅ、炭屋さんに入った泥棒なんですけど、ひょっとしたらうちの人かもしれません」
とても申し訳なさげにて、いまにも消え入りそうな弱々しい声。
そんなお岩さんのご亭主、名を六太郎というのだが、かつてはその筋ではよく知られた泥棒名人であったんだとか。
用心棒がわんさか見張っている大店の蔵でもなんのその。さる大名屋敷に忍び込んでは、殿様の枕元に置いてあった煙管をちょいと拝借しては、三日後にまた戻すとか、やすやすと出来るほどの腕前の持ち主であった。
だが恋女房のお岩さんに子どもが出来たのを機に、「家族のためにも、もう、すっぱり足を洗おう」と一念発起して、まっとうに生きることにした。
……はずであった。
それがまたぞろ、元の木阿弥になったのは風邪をこじらせて、あっさりお岩が亡くなったから。
すでに子どもたちは独立しており、孫もいる。
心を入れ換えてがんばったおかげで蓄えもある。
悠々自適な老後だ。
だからこそ、若い時分から苦労のかけ通しであった女房に、これからは存分に孝行をしてやろうとした矢先に、肝心の相手がぽっくり逝ってしまった。
それにより六太郎はがっくりきたのであろう。心にぽっかり穴が開いてしまったようで、そこにびゅるりと寒風が吹く。
するとその心の間隙を突くかのようにして、騒ぎ出したのがずっと寝ていた悪い虫――。
犯さず、殺さず、貧しきからは盗らず。
いまどき珍しい盗みの三ヶ条を守っての、鮮やかな手口。
たんなる金目当ての犯行ではない。
こだわりの職人芸からしても、どうやら炭屋からからくり箱を盗み出したのは、お岩の亭主である六太郎とみて、まず間違いないらしい。
「……にしても亡者が多いな。ここの寺、大丈夫なのか?」
墓所の隣にある寺の本堂の方を一瞥して、銅鑼は顔をしかめる。
するとお峰がしゃれこうべをかたかた揺らす。
「あー、うん、いまの住職はちょっとねえ。べつに悪い人じゃないんだけど、喉がいまいちにて読経がへたっぴなんだよ。なんか調子っぱずれだし。あれじゃあ、寝た子も起きちまうってもんさ。先代はとってもうまかったんだけどねえ」
お峰がぼやけば、それに呼応するかのようにして、いくつもの人魂が迷い出ては、墓所内がとたんに騒がしくなった。
どうやらみんな現住職のお経には不満を感じていたらしい。
ここぞとばかりに噴出しては、愚痴合戦が始まってしまったもので、これには藤士郎も「うわぁ」と顔を引きつらせ、銅鑼は髭をぴんとさせて「あきれた!」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる