狐侍こんこんちき

月芝

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其の三百七十八 愚痴墓場

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 ここは宵闇の墓所である。
 いかにもな雰囲気にて、青白い火の玉のひとつやふたつ浮かんでいてもおかしくはない。
 現に骨女が迷い出ているし……。
 そして家の内でも外でも散々に不思議な目に合っている藤士郎は、いまさらこの程度では動じない。

 声をかけてきた人魂はお岩さんといった。
 お峰に遅れること、三月ほどあとにここのごやっかいになるようになった新入りである。
 とはいえ、お峰みたいにふらふら出歩くこともなく、おとなしくしていた。
 なのにこうして藤士郎たちの前に顔をみせたのは、たまさか泥棒うんぬんという会話が聞こえてきたから。

「じつは、さきほどのお話しがちょっと気になったものですから……。そのぅ、炭屋さんに入った泥棒なんですけど、ひょっとしたらうちの人かもしれません」

 とても申し訳なさげにて、いまにも消え入りそうな弱々しい声。
 そんなお岩さんのご亭主、名を六太郎というのだが、かつてはその筋ではよく知られた泥棒名人であったんだとか。
 用心棒がわんさか見張っている大店の蔵でもなんのその。さる大名屋敷に忍び込んでは、殿様の枕元に置いてあった煙管をちょいと拝借しては、三日後にまた戻すとか、やすやすと出来るほどの腕前の持ち主であった。
 だが恋女房のお岩さんに子どもが出来たのを機に、「家族のためにも、もう、すっぱり足を洗おう」と一念発起して、まっとうに生きることにした。

 ……はずであった。
 それがまたぞろ、元の木阿弥になったのは風邪をこじらせて、あっさりお岩が亡くなったから。
 すでに子どもたちは独立しており、孫もいる。
 心を入れ換えてがんばったおかげで蓄えもある。
 悠々自適な老後だ。
 だからこそ、若い時分から苦労のかけ通しであった女房に、これからは存分に孝行をしてやろうとした矢先に、肝心の相手がぽっくり逝ってしまった。
 それにより六太郎はがっくりきたのであろう。心にぽっかり穴が開いてしまったようで、そこにびゅるりと寒風が吹く。
 するとその心の間隙を突くかのようにして、騒ぎ出したのがずっと寝ていた悪い虫――。

 犯さず、殺さず、貧しきからは盗らず。
 いまどき珍しい盗みの三ヶ条を守っての、鮮やかな手口。
 たんなる金目当ての犯行ではない。
 こだわりの職人芸からしても、どうやら炭屋からからくり箱を盗み出したのは、お岩の亭主である六太郎とみて、まず間違いないらしい。

「……にしても亡者が多いな。ここの寺、大丈夫なのか?」

 墓所の隣にある寺の本堂の方を一瞥して、銅鑼は顔をしかめる。
 するとお峰がしゃれこうべをかたかた揺らす。

「あー、うん、いまの住職はちょっとねえ。べつに悪い人じゃないんだけど、喉がいまいちにて読経がへたっぴなんだよ。なんか調子っぱずれだし。あれじゃあ、寝た子も起きちまうってもんさ。先代はとってもうまかったんだけどねえ」

 お峰がぼやけば、それに呼応するかのようにして、いくつもの人魂が迷い出ては、墓所内がとたんに騒がしくなった。
 どうやらみんな現住職のお経には不満を感じていたらしい。
 ここぞとばかりに噴出しては、愚痴合戦が始まってしまったもので、これには藤士郎も「うわぁ」と顔を引きつらせ、銅鑼は髭をぴんとさせて「あきれた!」


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