狐侍こんこんちき

月芝

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其の三百七十七 泥棒とからくり箱

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 藤士郎が物陰から店の様子を伺っていたら、そこに銅鑼が合流した。

「どうだった?」

 声をかける藤士郎に銅鑼は首を横に振る。

「駄目だ。手前までは近づけるが、奥には進めねえ」

 銅鑼は猫である。
 そして猫の身ならば、どこに忍び込んでもおかしくはない。
 だからてっとり早く銅鑼に侵入してもらって、お峰から頼まれた文箱を回収しようとしたのだが、それは不首尾に終わった。

 理由は、店の奥の奥、主人一家が寝起きする一画、お目当ての場所である生前にお峰が使っていた部屋が、厳重に封印されていたから。
 すべての襖や戸が固く閉じられ、ご丁寧に魔除けのお札がべたべた貼られている。
 とはいえ法力無双の巌然の札とはちがって、ちゃちなものにて銅鑼ならばちょんと爪の先で小突けばたやすく破れる程度のもの。
 なのに突破しないのは、それをやると侵入したことがすぐにばれてしまうから。
 であるからして、縁側の下から侵入を試みれば、床下にはご丁寧にも鳴子とまきびしがわんさか。屋根裏も似たようなものにて、猫どころか鼠が入る隙間もないほど。

 ではどうしてそんなことになっているのかというと、原因はお峰である。
 その気になれば山向こうの秘湯にまで繰り出せるほど、動ける身の骨女だ。
 だから当初は自分でどうにかしようとした。
 亭主の夢枕に立って「ねえ、おまえさん、後生だから……」と頼んでみたのだけれども、身に覚えのある亭主からすれば、まるで生きた心地がしやしない!

 この亭主、名を喜与助というのだが「ひいぃぃぃぃぃ」とみっともない悲鳴をあげては、蒲団を頭からかぶって「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と必死に唱えるばかりにて、まるで会話になりゃしない。
 いくらお峰が「べつに恨みに思っちゃいませんよ」と言っても、「そんなわけあるもんか!」と聞く耳を持たない。

 そんなことを七日ほど続けていたら、ついに喜与助がたまりかねて頼ったのが旅の修験者であった。
 各地を歴訪しては修行に明け暮れているというだけあって、頼もしき風貌の持ち主。
 藁にもすがる思いにて喜与助が救いを求めると、修験者は快く応じ、招かれるままに店に逗留することになったのだけれども、これがとんだへっぽこ修験者であった。
 がんばって修行はしている。当人はいたって真剣だ。でも実力がさっぱりにて、根っこの部分の才能がない。明らかに進むべき道を誤っているのに、そのことに気がついていない。
 だから無闇やたらと結界を張ったり、御札を貼ったり、封印を施したり、祈祷をしたりする。
 なのに傍目にはそれが仕事熱心にて、頼もしく映るのだから困りもの。
 結果としてお峰の部屋のある一帯が、えらいことになってしまったという次第。

 まるで落語みたいな展開に、藤士郎は「それはまた、なんとも」と言葉を濁すしかなかったのだけれども、さらに事態をややこしくする出来事が重なった。
 なんと、藤士郎たちがのんびり手をこまねいているうちに、店に泥棒が入ったのである!
 その泥棒がまたへんくつな輩にて、店の金箱を狙うのではなくて奥の封印されている間へと忍び込んだ。
 どうやら噂を聞きつけて、「きっと何かお宝が隠してあるのにちがいない」と勘違いした模様。
 でもって盗み出してしまったのが、お峰の文箱だったものだから、さぁ、たいへん!

  ◇

「どうしようか」
「どうしたものか」
「よりにもよって、ねえ」

 藤士郎と銅鑼とお峰の三者、顔を見合わせては嘆息していたのはお峰の墓前である。
 すでにとっぷり陽が暮れており、墓所には近寄る者とていないので見られる心配はない。
 何者かに持ち出された文箱はからくり細工になっており、きちんとした手順を守らないと開かないようになっている。まさに秘密の小箱である。
 しかし今回はそれが逆に仇となった。泥棒の気を惹いてしまったようだ。「きっとお宝はこの中だ」と考えたのであろう。
 文箱は頑丈にて、ちょっとやそっとのことでは破れない。
 とはいえ大槌でも持ち出して「えいや」とやれば、ひとたまりもない。
 中の文に目を通して「なんだ、昔の恋文かよ」と呆れて火種にでもしてくれたら、もっけの幸いだが……。

「万が一もある、か。文の中に相手のお武家の名前があるから、それでぴんときたら面倒だな」

 と銅鑼。
 小狡い知恵の回る奴ならば、いろいろ勘繰っては、手に入れた文をもっとも高く買い取ってくれるところに持ち込むかもしれない。
 一方で「いや、強引に箱を開けないかも」とは藤士郎である。
 忍び込んだ先にて、あれこれ金目の物に手をつけるでなし。気に入った品だけを盗んでいる手口から、下手人は相当に己の仕事にこだわりの強い人物であるとみた。
 そんな下手人が、手に入れたお宝を力任せに壊すとは思えない。
 むしろむきになって、からくり細工に挑戦するのではなかろうか。

 なんにせよ、文箱を盗み出した下手人の居所を突き止めなければならない。
 しかし藤士郎には土地勘もなく、伝手もない。
 相棒の銅鑼はでっぷり猫だ。
 唯一、それらを持つお峰はすでにこの世の人でなく、骨女である。

「やれ、どうしたものやら」

 三者が頭を抱えていたら、そこに「あのう」とおずおず声をかけてきた者がいた。
 まるで気配を感じさせないほどの弱々しさにて、ふよふよ浮かんでいたのは青白い人魂であった。


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