狐侍こんこんちき

月芝

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其の三百七十 狐侍と双剣鬼 後編

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 鬼平太の二刀の小太刀が閃き、変幻自在に翻る切っ先、突きの連撃が襲いかかってくる。
 怒涛の攻撃、これを防御に徹し、どうにかしのぎつつ反撃の機を伺う狐侍だが、なかなか糸口は見い出せず。

「やりにくい」

 それが狐侍が鬼平太に対して感じていたこと。
 とにかく動作が被る。ばかりか、ことごとくでばなをくじかれる。虚実にて出し抜いたとおもっても、すぐさま対応される。
 先の先、後の先、どちらの手綱も握られており、巧みに踊らされているかのごとき錯覚がまとわりつく。
 まるで水面に映っている自分と対峙しているかのようだ。
 小太刀同士の戦いにて、二刀と一刀、加えて鬼平太は体術も巧み。位置取りも厭らしい。
 さらに狐侍を困惑させたのが鬼平太の用意周到さである。
 乱撃のさなか、蹴撃にて膝を砕こうとした狐侍であったが、がっと鈍い音にて防がれた。鬼平太が脛当てを着けていたのである。ばかりか籠手に鎖帷子まで。それでいて重さをまるで感じさせないような俊敏な動き、つけ入る隙がまるで見当たらない。

 それもそのはずだ。
 鬼平太はかつて九坂平蔵に完膚なきまでに敗れてから、ずっとその時のことを反芻しては、伯天流の幻影を追いかけるようにして己の武を磨いてきたのだから。
 根元に伯天流がある両者は、いわば傍流と主流のようなもの。

 次第にすり傷が増えていくのは狐侍にて、一方の鬼平太はより苛烈さを増していく。
 石段にて目まぐるしく立ち位置を変えては、剣戟が鳴り響き、火花が散る。
 鬼平太の炯炯たる眼火が輝く。その射殺さんばかりの視線を狐侍はするりとかわすようにして背を向けたとおもったら、やにわに足を繰り出した。回し蹴りだ。
 だがまたしても攻撃を読まれた。
 鬼平太は前蹴りにてこれを迎え討つ。
 ほぼ同時に放たれた蹴りが正面からぶつかり、これにより両者がいったん離れた。

 攻め手がことごとく潰される。
 この事態を受けて狐侍がとった行動は、腰背に差してある鞘を抜くこと。
 小太刀と鞘による即席の二刀流である。
 鬼平太は何も語らないが、ここまでくれば狐侍も薄々察していた。相手が伯天流について詳しいことを。
 ならば、つねのように戦っていても通用しない。
 だからその上をいく!

 これに鬼平太がにやり。
 いいだろう、かかって来いとばかりに、両刀を十字に合わせてかざす。
 対して狐侍は奇妙な構えをとった。
 左にて小太刀を逆手に持ち、右にて鞘を順手に持つも、それを縦に繋げてさながら槍でも持つかのような格好にて、低い姿勢となった。
 奇妙な構えを訝しむ鬼平太であったが、その意味はすぐに知れた。
 思い切り腰をひねり、腕を引き、めいっぱいに上半身をねじって引き絞ったあげくに、これをいっきに戻しては、手にしていた小太刀を前方へと向けて解き放つ。

 槍投げを真似た、小太刀による投擲!

 柳のごとくよくしなる長身痩躯、長い手足を存分に使った至近距離からの全力の一投である。
 小太刀を投げるのは紅夜佗との決闘でもやった。
 だが今回のはあれとは似て非なるもの。
 二段構えにて、小太刀の柄頭を鞘で押し出す。
 これによりただ投げるよりも、ぐんと加速し手元でのびる。槍の突きのごとき要素が加わる。
 狙うは鬼平太の喉元だ。

「くっ」

 初めて鬼平太の顔に焦りが浮かんだ。
 小太刀二刀流による十字受けにて、飛んできた烏丸の切っ先をそらそうとする。

 ぎゃぎゃぎゃぎゃ。

 三本の小太刀が激しく擦れ合う。
 耳障りな音が響き、鬼平太の眼前で盛大に火花が散った。
 そのうちのひとつが眼に入りそうになったもので、おもわず顔をそむけた鬼平太であったが、それが功を奏す。無意識のうちに首をひねったことにより、止めきれなかった鳥丸の切っ先が、喉元に突き刺さることなく頬をかすめるにとどめた。
 狐侍の刺突がかわされた!
 鞘も投げてしまっているので、完全に無手である。
 だから「勝った」と鬼平太は嬉々として伯天流との因縁にけりをつけようとしたのだが「――っ!」

 突っ込んできたのは小太刀と鞘だけではなかった。
 なんと狐侍自身も投擲と同時に飛び込んでいたのである。
 前傾姿勢にて両腕を十字に交差させての突進。
 先の一投をしのいだ直後の鬼平太は即座に小太刀にて薙ぎ払おうとするも、狐侍の踏み込みの方が一歩速かった。

 狐侍の体当たり。
 もろに食らった鬼平太の身が後方へと押されて、その背が石段脇に並ぶ灯篭のうちのひとつにまともにぶつかった。

「がはっ」

 こうなると防具は関係ない。むしろその分の重みも衝撃となって己に跳ね返ってくる。
 組み技へと持ち込んだ狐侍、なんとか逃れようとする鬼平太に密着し、奥襟を掴むなり、思い切り足を払っては「えいや」とぶん投げた。
 もしもこれが土の上であれば、まだ勝負はついていなかったことであろう。
 だが戦場となったのは石段である。固いうえに、積まれた石の角が凶器となる死地にも等しい。
 さらにここで狐侍にとっては幸運が、鬼平太にとっては不運が落ちてくる。
 男ふたりにぶつかられてぐらつく石灯籠が大きく傾いだとおもったら、頭の笠のところがはずれて、どすんごろんと転がった。
 そいつが投げ飛ばされて身悶えていた鬼平太の頭部を直撃する。
 ごきりと厭な音がした。
 伯天流の幻想にとり憑かれ翻弄される人生を歩んできた男は、それきり動かなくなった。


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