狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
367 / 483

其の三百六十七 即身仏

しおりを挟む
 
 餓鬼玉の断末魔の叫び。
 ふつりと切れたとおもったら、夜が砕けた。
 まるで陶器の壺や皿が粉々になるかのようにして、世界が一変する。
 無数の亀裂から降り注ぐ陽射しが闇を貫き、切り裂く。
 黒が白へとひるがえり、光が闇を駆逐していく。

 あっという間の出来事であった。
 激変する視界に、藤士郎の頭がついていけない。呆然と眺めているばかり。
 はっと我に返ると昼間になっており、何もかもが消えていた。
 世界は平穏を取り戻し、慮外の者どもらの一切が失せていた。
 まるですべては夢幻(ゆめまぼろし)であったかのように……。

「餓鬼玉が消えた……倒したのか? 屍蝋もまとめていなくなった。けど――」

 ひゅるりと吹く風が寒々しい。
 すべてが元通りというわけじゃない。
 犠牲となった村人たちは還らない。失われた命は戻らない。誰もいなくなった村はもう終わりであろう。
 こんな悪辣非道な行いをやったのは、寿慶とかいう呪術師。
 でも村人たちを巻き込んだのは藤士郎たちだ。ひいては嘉谷藩の御家騒動が発端である。
 囮役を引き受けた時点で、自分たちが襲われることは織り込み済み。
 だから藤士郎には覚悟があった。
 けれども村人たちは違う。彼らはまったくの無関係だ。なんの罪咎もない。なのに理不尽にも日常を奪われた。
 とても許せるものではないし、許されるものでもない。
 敵も己も……

 不甲斐なし!
 藤士郎が固く拳を握りしめ悔恨の念にかられていると、そこへのそりと姿を見せたのは銅鑼であった。虎の姿から猫へと戻っている。
 銅鑼がくいと顎で促しては「ついて来い藤士郎。おもしろいもんを見つけた」と言った。

  ◇

 銅鑼について雑木林のさらに奥へ行くと、開けた場所へと出た。
 古ぼけた墓石や卒塔婆が並んでいる。村の共同墓所だ。

「こんなところに連れてきて、いったいどういうつもり――」
「しーっ! ほれ、あそこを見てみろ」

 銅鑼の意図をはかりかねて藤士郎は訝しむも、言われた通りにそちらを見てみた。
 すると目に留まったのは地面から生えている一本の竹筒である。
 はじめは墓に花か線香でも備えるためのものかと思ったのだが、よくよく眺めてみれば位置がちとおかしい。他の竹筒はみな墓の前に突き立てられてあるのに、銅鑼が指したものの周囲にはなにもない。ばかりか、地面の土の色が周囲とは少し異なっている。どうやら一度、掘り返したらしい。

 銅鑼がそろりそろり、猫足にて音もなく不自然な竹筒へと近づく。竹筒の先端に肉球をかざしては、にやり。
 でっぷり猫が無言のまま、目だけで「おまえもやってみろ」
 だから藤士郎もそろりそろり。
 真似てみたら、手の平に感じたのはかすかな風の流れである。
 この竹筒は中の節がくり抜かれており、地面の下に通じている?

 ――土遁の術っ!

 思わず叫びそうになったもので、藤士郎は慌てて己の口を手で塞いだ。

 いったんその場を離れた藤士郎と銅鑼。
 充分に距離をとったところで銅鑼が言った。

「餓鬼玉を降ろすってのは、とんでもない術だ。だがそれだけに行使するのが大変でな。だからきっと近くに術者が隠れているのに違いないと踏んだんだが、よもやあんなところに潜んでいるとはなぁ」

 屍蝋たちは生者に反応して襲いかかる。
 それは逆にいえば死者には見向きもしないということ。
 だからこそ術者は、もっとも陰の気が強い村外れの墓所を隠れ場所に選んだのだ。
 何代にも渡って手厚い土葬をしてきた村、そういう集落は存外に少ない。いまでこそそれなりの弔いをしてもらえるが、ひと昔前ならば山中に野ざらしなんてのもざらであった。
 地面に染みついた死肉の匂い……たしかにこれ以上の隠れ場所はないのかもしれない。
 とはいえ、墓所にみずから埋まるとか、まともな人間の考えることではない。

 藤士郎が顔をしかめていると、銅鑼がにへらと悪戯を思いついた小僧のような笑みを浮かべる。

「でだな、おあつらえむきなことに、ここにはいい重しになりそうな立派な石がごろごろしてるぜ。どうする、藤士郎?」

 そんなもの考えるまでもない。
 藤士郎はすぐに決めた。

「村人たちへのせめてもの供養になればいいんだけど」
「へっ、おれならこんな煮ても焼いても喰えない供え物なんぞ、ご免だけどな」


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...