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其の三百六十七 即身仏
しおりを挟む餓鬼玉の断末魔の叫び。
ふつりと切れたとおもったら、夜が砕けた。
まるで陶器の壺や皿が粉々になるかのようにして、世界が一変する。
無数の亀裂から降り注ぐ陽射しが闇を貫き、切り裂く。
黒が白へとひるがえり、光が闇を駆逐していく。
あっという間の出来事であった。
激変する視界に、藤士郎の頭がついていけない。呆然と眺めているばかり。
はっと我に返ると昼間になっており、何もかもが消えていた。
世界は平穏を取り戻し、慮外の者どもらの一切が失せていた。
まるですべては夢幻(ゆめまぼろし)であったかのように……。
「餓鬼玉が消えた……倒したのか? 屍蝋もまとめていなくなった。けど――」
ひゅるりと吹く風が寒々しい。
すべてが元通りというわけじゃない。
犠牲となった村人たちは還らない。失われた命は戻らない。誰もいなくなった村はもう終わりであろう。
こんな悪辣非道な行いをやったのは、寿慶とかいう呪術師。
でも村人たちを巻き込んだのは藤士郎たちだ。ひいては嘉谷藩の御家騒動が発端である。
囮役を引き受けた時点で、自分たちが襲われることは織り込み済み。
だから藤士郎には覚悟があった。
けれども村人たちは違う。彼らはまったくの無関係だ。なんの罪咎もない。なのに理不尽にも日常を奪われた。
とても許せるものではないし、許されるものでもない。
敵も己も……
不甲斐なし!
藤士郎が固く拳を握りしめ悔恨の念にかられていると、そこへのそりと姿を見せたのは銅鑼であった。虎の姿から猫へと戻っている。
銅鑼がくいと顎で促しては「ついて来い藤士郎。おもしろいもんを見つけた」と言った。
◇
銅鑼について雑木林のさらに奥へ行くと、開けた場所へと出た。
古ぼけた墓石や卒塔婆が並んでいる。村の共同墓所だ。
「こんなところに連れてきて、いったいどういうつもり――」
「しーっ! ほれ、あそこを見てみろ」
銅鑼の意図をはかりかねて藤士郎は訝しむも、言われた通りにそちらを見てみた。
すると目に留まったのは地面から生えている一本の竹筒である。
はじめは墓に花か線香でも備えるためのものかと思ったのだが、よくよく眺めてみれば位置がちとおかしい。他の竹筒はみな墓の前に突き立てられてあるのに、銅鑼が指したものの周囲にはなにもない。ばかりか、地面の土の色が周囲とは少し異なっている。どうやら一度、掘り返したらしい。
銅鑼がそろりそろり、猫足にて音もなく不自然な竹筒へと近づく。竹筒の先端に肉球をかざしては、にやり。
でっぷり猫が無言のまま、目だけで「おまえもやってみろ」
だから藤士郎もそろりそろり。
真似てみたら、手の平に感じたのはかすかな風の流れである。
この竹筒は中の節がくり抜かれており、地面の下に通じている?
――土遁の術っ!
思わず叫びそうになったもので、藤士郎は慌てて己の口を手で塞いだ。
いったんその場を離れた藤士郎と銅鑼。
充分に距離をとったところで銅鑼が言った。
「餓鬼玉を降ろすってのは、とんでもない術だ。だがそれだけに行使するのが大変でな。だからきっと近くに術者が隠れているのに違いないと踏んだんだが、よもやあんなところに潜んでいるとはなぁ」
屍蝋たちは生者に反応して襲いかかる。
それは逆にいえば死者には見向きもしないということ。
だからこそ術者は、もっとも陰の気が強い村外れの墓所を隠れ場所に選んだのだ。
何代にも渡って手厚い土葬をしてきた村、そういう集落は存外に少ない。いまでこそそれなりの弔いをしてもらえるが、ひと昔前ならば山中に野ざらしなんてのもざらであった。
地面に染みついた死肉の匂い……たしかにこれ以上の隠れ場所はないのかもしれない。
とはいえ、墓所にみずから埋まるとか、まともな人間の考えることではない。
藤士郎が顔をしかめていると、銅鑼がにへらと悪戯を思いついた小僧のような笑みを浮かべる。
「でだな、おあつらえむきなことに、ここにはいい重しになりそうな立派な石がごろごろしてるぜ。どうする、藤士郎?」
そんなもの考えるまでもない。
藤士郎はすぐに決めた。
「村人たちへのせめてもの供養になればいいんだけど」
「へっ、おれならこんな煮ても焼いても喰えない供え物なんぞ、ご免だけどな」
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