362 / 483
其の三百六十二 屍蝋
しおりを挟む廃村ならば、どれだけ荒れていようとも、無人であってもたいして気にはならない。そういうものだからだ。
でもそれが普通の……それこそ、どこにでもあるような村だと、まるで受ける印象が異なる。
現実味がない。まるで白昼夢の中にでも迷い込んだかのよう。
心がざわつく。のんびりした雰囲気が逆に薄気味悪い。
村から抜け出せない。
進退きわまった藤士郎たちは、手近な家を調べてみることにした。
表戸を開け中へ。
家の中から温もりこそは失せているものの、囲炉裏のまわりには家族で食事をしていたであろう、椀や箸に湯飲みなどがそのまま。そこかしこに生活の痕跡が残されている。
だというのに、肝心の人の姿だけが失せてしまっていた。
「草鞋などの履物もそのままだね」
上がり框に腰かけ土間を見下ろす藤士郎の表情はやや険しい。
なぜなら残された履物の中には、子どもの物が混じっていたからだ。
この集落に何かが起こったとしたら、子どもたちもそれに巻き込まれたことになる。
「竈門の方も火が落ちてますね。中にちっとも熱が篭っていません。この様子からすると、朝のうちに何かあったのかも」
台所の方を調べていた長七郎が戻ってきた。
突発的な何かが起きて、村人たちは身一つで逃げ出したのでは? もしかしたら熊でも出たのかもしれない。
長七郎はそんな考えを口にするも、藤士郎はうなづかない。
蝦夷にいる羆(ひぐま)ならばともかく、本州にいる熊はわりと大人しく臆病だ。山で鉢合わせして驚いて襲いかかってくることはあっても、自分から里へと降りて、なおかつ民家に乱入するとはおもえない。
とはいえ、ここは越後国だ。地理的には蝦夷に近いと言えなくもない。それにごく稀にだが、海を渡ってこちらにやってくる羆がいると聞いたことがある。
だがしかし……
「熊が暴れていたら、さすがに爪跡のひとつでもありそうなものだけど」
それらしい形跡はどこにもなし。
まるで狐につままれたような状況である。藤士郎は困惑するばかり。
すると奥に上がり込んで喰い物を漁っていた銅鑼が不意に顔をあげたとおもったら、血相を変えて表へと飛び出した。
尋常ではない態度、藤士郎と長七郎もすぐさま銅鑼を追って屋外へと。
そして一行が目にしたのは、異様な光景であった。
いつのまにやら世界が橙色に染まっている。
陽が傾いて黄昏刻を迎えようとしているのだが、まずそれがおかしい。
家に入るまではまだ陽は高かった。それがちょんの間でこれはありえない。
夕陽を背に地面に落ちた影がぽつんとひとつ、長くのびている。
影の根元に人が立っていた。
ふらふらしており、逆光にて顔はよくわからない。輪郭や背丈からして男のようだけれども。
ようやく会えた村人である。
だから藤士郎がさっそく近寄り声をかけようとするも、「駄目だ! そいつに近寄るんじゃねえ」と銅鑼が怒鳴り止めた。
いつになく険しい顔にて銅鑼が吐き捨てるように言った。
「寿慶とかいう野郎、やりやがったな! 正気か? よりにもよって、こんなもんを降ろしやがって」
銅鑼が全身の毛を逆立て「ふーっ、ふーっ」興奮している。
でっぷり猫が嫌悪感もあらわ。大妖の窮奇にそこまでさせる存在とは、いったい……。
藤士郎が銅鑼に説明を求めようとした矢先のこと。
男がふらふら近づいてきた。
不自然な動きであった。
妙にかくんかくんとしている。首がまるで座っていない。肘や膝の角度もおかしい。薄影越しにもわかるほどに顔色が悪かった。真っ青を通り越して、まるで陶器のように白い。半開きの口元からは「うぅ」とか「あぁ」と言葉にならないうめき声が漏れている。その両目は光を失っており白濁が始まっていた。
すでに死んでいる?
動く骸をにらみ銅鑼は「屍蝋(しろう)」とぼそり。
男に目を奪われているうちに、いつのまにやら地面にのびる影が増えていた。
ひとつやふたつではなくて、わらわらたくさん!
すべてが屍蝋という動く骸たち。
それらが一斉に駆け出す。
こちらへと向かってきたもので、藤士郎たちはぎょっ!
動きはたどたどしく、まるで酔っ払いの千鳥足のよう。だが、いかんせん数が多い。とてもではないが捌ききれない。
一行は慌ててきびすを返し走り出す。
逃げながら銅鑼はふたりに忠告する。
「気をつけろ、あれは伝染するぞ。だから絶対に噛まれるな」と。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる