狐侍こんこんちき

月芝

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其の三百五十五 夫婦松の決闘 前編

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 緩い風が吹く。
 穏やかな夜にて、空には三日月が出ていた。
 細い眉月にて円弧の形にてすーっと引かれた姿が、これから会う秀麗な男の眉を連想させる。
 薄(すすき)の原っぱを抜けると、見えてきたのはなだらかな斜面、お椀をひっくり返したかのような形をした丘だ。登った先は平らな地面になっており、丘の上をなかほどまで進んだ所に二本の松が仲良く並んで生えている。
 あれが夫婦松――。

 茶屋の老婆に聞いていたとおりの景色である。
 果たし状を貰った藤士郎は、ひとりやってきた。
 長七郎は銅鑼に預けてきた。銅鑼は気のない返事であったが、もしもの場合にはちゃんと送り届けてくれるだろう。

 ここまでの来る間、藤士郎はずっと考えていた。
 今宵、雌雄を決する紅夜佗と自分についてのことを。

 紅夜佗は五尺もあろうかという野太刀を遣う。
 藤士郎は二尺ほどしかない小太刀を遣う。
 間合いの優劣に関しては言わずもがな。
 抜刀の鋭さでは、速さでは藤士郎が勝るだろう。
 だが紅夜佗の剣は抜きの速さもさることながら、その後の動きこそが恐ろしい。

 あれは止まらないのだ。
 基本の構えは刀を立て左足を前に出す八双、そこから繰り出す切り払い薙ぎなども、どこの流派でもやっている普通のもの。
 けれども技と技との継ぎ目がまるでない。ごく自然に、それこそ水が流れるかのようにして繋がっていく。結果、止まらない。
 人刀が一体となり剣舞のようにひらりひらり、だが優雅にみえて刀はますますの冴えをみせて、切っ先にいたっては加速、加速、加速……。
 怒涛の攻め手、多彩な変化にて上中下段と刃が疾駆する。攻撃的な薙刀の型にも似ているか。

 打ち合うのは論外だろう。
 自在に振るわれるお化け野太刀、刀そのものも重く、それを操る紅夜佗は美丈夫にて膂力はもとより下半身の粘りも相当にあるはず。そこに天性の剣才が加わった剣撃の衝撃は凄まじい。それこそ首どころか胴体をも真っ二つにするほどに。
 一打、二打ならば受け流すことも可能だろうが、さらに続けば小太刀がもたない。いかに肉厚で頑強な鳥丸とて刃が欠けて、砕け散る。

 では剣以外では?
 体捌きでは伯天流をおさめた藤士郎に軍配があがる。手癖足癖の悪さならば負ける気がしない。
 身軽さでも藤士郎が有利だろう。野太刀は重いのだ。それを振り続けるのは並大抵のことはない。
 だからのらりくらりとやり過ごし、相手に疲労の色が見えたところで……と考えたいところだが、それはおそらく悪手中の悪手だろう。
 先にも述べたが、紅夜佗の剣は振れば振るほどに速さを増し、より強力になっていく。
 それにあの紅夜佗だ。一晩中、笑いながら余裕で剣舞を続けそうである。

 世の剣客たちが剣を遣うのに対して、紅夜佗は剣の声に耳を傾け、剣に寄り添う。刀を遣うのではなく、刀が望むままにみずからが動く。
 剣聖の境地にて、常人とは見ている景色が違う。
 斬り結びは刹那の攻防、紙一重ながらも、そこには天と地ほどの差がある。
 それを無理に埋めようとしても、たやすく埋まるものではない。
 才能は残酷だ。凡百の努力や工夫をあっさりと越える。
 そして天才は観の目に優れており、勘どころ――極意や秘訣、こつに利点欠点など――をたちどころに掴み、機を見るに敏だ。
 とどのつまり、紅夜佗には同じ技や動きは二度通じず、下手に勝負を長引かせてこちらの手の内を晒すほどに不利になるということ。

  ◇

 藤士郎は頭の中で、あれこれと紅夜佗との戦いを思い描いては、どうにかして勝ち筋を見い出そうと模索する。
 だが考えれば考えるほどに、自分が斬られる姿しか出てこない。
 そんな中から、どうにか捻り出した答えがひとつ。
 けれども、ほとんど博打みたいなものにて、それとてもかなり分が悪い。

「はぁ」と藤士郎は嘆息する。いっそのこときびすを返して逃げてしまえば、とりあえず負けはない。
 なのに足は真っ直ぐ待ち合わせ場所へと向かっている。
 不思議と足取りが軽い。恐怖はない。むしろ胸がちょっと高鳴っている。
 そんな自分がいることにこそ、藤士郎は驚いていた。
 武士の誇りとかとは無縁だが、腐っても伯天流の道場主、いっぱしの剣客であるということ。やはり強い相手と戦いたい、存分に己の武芸をぶつけてみたいとの願望があるらしい。もしかしたら、その辺も見透かされての果たし状であったのかもしれない。

 丘の上、夫婦松がずんずん近づいてくる。
 ふとその先を見れば、ちょうどあちらから紅夜佗がやって来るところであった。
 まるで示し合わせたかのよう。ふたりの息がぴったりなことに、おもわず藤士郎はくすりと笑みを零すも、すぐに余計な表情は抜け落ち剣客のものへと変わった。


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