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其の三百五十一 鋏(はさみ)
しおりを挟む川沿いを下るうちに、橋を見つけた。
丸太を組んだだけのものだが、それでも人の手が入ったものにて、わざわざ橋がかけられているということは、道が通されているということ。
道なりに進むうちに麓の村へとついた。藤士郎たちは人心地つく。
とはいえほっとする反面、先の火事場での狂躁を思い出し、村人の姿を目にしたときには、ついびくりと身構えてしまったのはしょうがなかろう。
あいにくと村には休憩できるような場所がなく、適当な民家に声をかけ、幾ばくかの銭を渡して白湯と握り飯をわけて貰って飢えと渇きをしのぐ。
「ちっとも足りない。甘い物が喰いたい」
ぶつくさ文句を言う銅鑼をなだめつつ、一行は先を急ぐ。
いらぬ襲撃に川止めに加え、遠回りとなった分だけ、旅程がかなり厳しくなっているのだ。それに――
「これで刺客が打ち止め……ということは、ないんだろうねえ」
「少なくとも、あの男がいます。やたらと九坂殿に絡んでいましたから、きっと追いかけてくるはず」
あの男とは、お化け野太刀を持つ美剣士の紅夜佗のことである。
火事のどさくさではぐれたが、それで藤士郎のことを諦めるとはとてもとても。
藤士郎との勝負を熱望しており、きっと嘉谷藩に先回りして待ちかまえているのだろう。
「まぁ、彼の場合は目立つから、警戒する必要がないのがせめてもの救いかなぁ」
「ですよね。女人がきゃあきゃあ騒ぐので、どこに居てもすぐにわかりますから」
藤士郎と長七郎がそろって嘆息していると、足下を歩く銅鑼が藤士郎の方を見上げた。
「おまえたち、そんなに次々と刺客に襲われていたのか?」
訊ねられて、藤士郎は改めて指折り数えてみる。
峠での弓遣いによる襲撃。
宿で同室となった杖遣いの盲目の按摩による暗殺未遂。
狼の視線を操る敵による執拗なつけ回しでの消耗戦と知恵比べ。
五尺もの野太刀を華麗に振るう紅夜佗の登場。
宿場町にて火事を起こし、大衆を扇動する悪辣な輩。
竜尾岳での鎖鎌の遣い手による待ち伏せ。
話を聞いた銅鑼はやや呆れ顔にて「くくく、えらい人気者じゃないか、おまえたち」と笑ったものの、すぐに真顔となり小首を傾げた。
「にしたって、ちと多すぎるな。それにそうそう都合よく、行く先々で刺客に襲われるもんかね?」
言われてみればたしかにその通り。
藤士郎と長七郎が国元に向かっているのはわかっており、自分たちの容姿もばれている。だから逆算して網を張ることは可能だが、あまりにも時機が合致している。それこそはかったかのように。
そのことから考えられるのは、ただひとつ。
「見張られている……か」
だとすれば、その者もまた恐るべき遣い手だ。
なにせこちらにまるで存在を気取らせずに、監視を続けているのだから。
そういう役割りの者にて余計なことはせず。徹底しているのであろうが、銅鑼にもばれないとは尋常ではない。
けれども、そういう者はときおりいる。
現に江戸でもその手の者がいた。藤士郎や銅鑼が舌を撒くほどに、気配を消す隠形の術に特化した者が。
どうやら敵の仲間のうちには、そんな者が混じっているようだ。
「まいったねえ。他にも巌然さまが手を焼くほどの呪術師もいるんだろう? 忠告のことも気になるし、これはちょいと策を練ったほうがいいのかしらん」
さりとてすぐにはいい案も浮かばず、藤士郎は腕組みにて「う~ん」
◇
あれこれと相談しているうちに、いつしか一行は町中に入っていた。こじんまりした町だが、それなりに賑わっており、店もある。
銅鑼がさっそく食べ物をねだり、藤士郎と長七郎もようやくひと息つけると安堵した。
だから最寄りの飯屋なり、茶屋に立ち寄ろうとしたんだけれども――。
前から歩いてきたのは植木職人であった。
自然な足取りにて、不審な点はどこにもない。道具袋を担ぎ、これから仕事先へと向かうところであろうか。
通りで行き合い、すれちがう。
ありふれた光景である。
ただし、ちがう点がひとつだけあった。
すれちがった直後のこと、そーっと背後からのびてくるものがある。
長柄の鋏、植木職人が剪定で使う道具だ。それが狙っていたのは、長七郎の細首!
左右に大きく開いた鋏の黒刃が、ひといきに長七郎の首をちょん切ろうと忍び寄る。
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