351 / 483
其の三百五十一 鋏(はさみ)
しおりを挟む川沿いを下るうちに、橋を見つけた。
丸太を組んだだけのものだが、それでも人の手が入ったものにて、わざわざ橋がかけられているということは、道が通されているということ。
道なりに進むうちに麓の村へとついた。藤士郎たちは人心地つく。
とはいえほっとする反面、先の火事場での狂躁を思い出し、村人の姿を目にしたときには、ついびくりと身構えてしまったのはしょうがなかろう。
あいにくと村には休憩できるような場所がなく、適当な民家に声をかけ、幾ばくかの銭を渡して白湯と握り飯をわけて貰って飢えと渇きをしのぐ。
「ちっとも足りない。甘い物が喰いたい」
ぶつくさ文句を言う銅鑼をなだめつつ、一行は先を急ぐ。
いらぬ襲撃に川止めに加え、遠回りとなった分だけ、旅程がかなり厳しくなっているのだ。それに――
「これで刺客が打ち止め……ということは、ないんだろうねえ」
「少なくとも、あの男がいます。やたらと九坂殿に絡んでいましたから、きっと追いかけてくるはず」
あの男とは、お化け野太刀を持つ美剣士の紅夜佗のことである。
火事のどさくさではぐれたが、それで藤士郎のことを諦めるとはとてもとても。
藤士郎との勝負を熱望しており、きっと嘉谷藩に先回りして待ちかまえているのだろう。
「まぁ、彼の場合は目立つから、警戒する必要がないのがせめてもの救いかなぁ」
「ですよね。女人がきゃあきゃあ騒ぐので、どこに居てもすぐにわかりますから」
藤士郎と長七郎がそろって嘆息していると、足下を歩く銅鑼が藤士郎の方を見上げた。
「おまえたち、そんなに次々と刺客に襲われていたのか?」
訊ねられて、藤士郎は改めて指折り数えてみる。
峠での弓遣いによる襲撃。
宿で同室となった杖遣いの盲目の按摩による暗殺未遂。
狼の視線を操る敵による執拗なつけ回しでの消耗戦と知恵比べ。
五尺もの野太刀を華麗に振るう紅夜佗の登場。
宿場町にて火事を起こし、大衆を扇動する悪辣な輩。
竜尾岳での鎖鎌の遣い手による待ち伏せ。
話を聞いた銅鑼はやや呆れ顔にて「くくく、えらい人気者じゃないか、おまえたち」と笑ったものの、すぐに真顔となり小首を傾げた。
「にしたって、ちと多すぎるな。それにそうそう都合よく、行く先々で刺客に襲われるもんかね?」
言われてみればたしかにその通り。
藤士郎と長七郎が国元に向かっているのはわかっており、自分たちの容姿もばれている。だから逆算して網を張ることは可能だが、あまりにも時機が合致している。それこそはかったかのように。
そのことから考えられるのは、ただひとつ。
「見張られている……か」
だとすれば、その者もまた恐るべき遣い手だ。
なにせこちらにまるで存在を気取らせずに、監視を続けているのだから。
そういう役割りの者にて余計なことはせず。徹底しているのであろうが、銅鑼にもばれないとは尋常ではない。
けれども、そういう者はときおりいる。
現に江戸でもその手の者がいた。藤士郎や銅鑼が舌を撒くほどに、気配を消す隠形の術に特化した者が。
どうやら敵の仲間のうちには、そんな者が混じっているようだ。
「まいったねえ。他にも巌然さまが手を焼くほどの呪術師もいるんだろう? 忠告のことも気になるし、これはちょいと策を練ったほうがいいのかしらん」
さりとてすぐにはいい案も浮かばず、藤士郎は腕組みにて「う~ん」
◇
あれこれと相談しているうちに、いつしか一行は町中に入っていた。こじんまりした町だが、それなりに賑わっており、店もある。
銅鑼がさっそく食べ物をねだり、藤士郎と長七郎もようやくひと息つけると安堵した。
だから最寄りの飯屋なり、茶屋に立ち寄ろうとしたんだけれども――。
前から歩いてきたのは植木職人であった。
自然な足取りにて、不審な点はどこにもない。道具袋を担ぎ、これから仕事先へと向かうところであろうか。
通りで行き合い、すれちがう。
ありふれた光景である。
ただし、ちがう点がひとつだけあった。
すれちがった直後のこと、そーっと背後からのびてくるものがある。
長柄の鋏、植木職人が剪定で使う道具だ。それが狙っていたのは、長七郎の細首!
左右に大きく開いた鋏の黒刃が、ひといきに長七郎の首をちょん切ろうと忍び寄る。
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。

野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる