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其の三百四十八 竜尾岳の死闘 後編
しおりを挟む肉を斬らせて骨を断つがごとく、腕の一本を犠牲にして狐侍の動きを蝸牛は封じた。
狐侍がまごついているうちにも、蝸牛の匕首がずんずん迫る。
引けば押し切られる。そう判断した狐侍は小太刀を手放し、大きく一歩前へと。
踏み込むのと同時に狙ったのは蝸牛の足の甲――。
ごきりと厭な音がした。
出足を踵で思い切り踏み抜かれて、蝸牛の進撃が鈍る。
間髪入れずに振るわれたのは、小太刀の鞘。狐侍の愛刀である烏丸の鞘の先端には、鉛が詰められており、少し重くなっている。空の鞘だからとて、まともに喰らうとけっこう痛い。当たり所が悪ければ骨にひびが入ることもある。
突き出されてた匕首の切っ先が頬をかすめるも、狐侍は止まらない。
蝸牛の懐へと潜り込んだところで放たれたのは、鞘によるかちあげ。
鞘の先端が捉えたのは蝸牛の顎。
蝸牛の顔が天を向いた。
あらわとなる喉の急所、だが太い首が衝撃を抑えたらしく、すぐに顎が元に戻ってしまう。多少は脳を揺さぶるのに成功するも、蝸牛の意識を刈り取るまでには至らず。
しかしながら狐侍の猛攻はまだ終わらない。
後がないのは蝸牛ばかりではなかった。
河童の秘薬にて一時的に超人的な力を得ている狐侍だが、いつもよりも消耗がずっと激しい。どうやらここまでの疲労による影響と思われる。
あれほど湧き上がっていた力の奔流に翳りがみえる。激しい鼓動にて血を吐き出し続けていた心臓の動きが、通常のものに戻りつつあり、急速に己の内から熱が失われていくのを狐侍はひしひしと感じ、内心で焦りを覚えていた。
だからなんとしてもここで決めなくてはならない。
矢継ぎ早やに狐侍が放ったのは肘打ち。
狙うのはまたもや蝸牛の顎である。
かちあげの二連撃!
同じ場所に打撃を受けた蝸牛の膝ががくりと折れ、やや腰が落ちた。
されどまだ匕首は手放さず、体から力も抜けていない。
頭の中がぐるぐる回っているのにもかかわらず、戦う意思はなおも健在。
ならばと、狐侍は蝸牛の両耳を掴み、頭を抱き込むようにして顔面に向けて膝を放った。
膝蹴りが蝸牛の鼻を打ち砕く。
さしもの蝸牛もついに両膝をつき、その身がぐらりと傾いでいく。
狐侍は己の勝ちを確信するもそれと同時に、すーっと血の気が失せる感覚に襲われた。ついに薬効が切れたのだ。
奇妙な硬直、関節や筋肉が強張りぎくしゃくする。まるで全身が急激に錆びついたかのよう。反動にて体がおもうように動かない。
その刹那のこと。
じゃらじゃらと狐侍の腰に鎖が絡みつく。
蝸牛の仕業だ。瀕死の状態にありながらも、なおも執念の一投を見舞う。
鼻が潰れ、歯が折れ、潰れた顔がくしゃりと歪んだ。
蝸牛が何をするつもりなのかを察した狐侍は拘束を解こうとするも、肝心の体が言うことを聞いてくれない。
そうしているうちに、ぐいっと引かれて体を持っていかれた。
踏ん張って堪えようとする狐侍であったが、それはかなわない。
慌てて長七郎が駆け寄ろうとするも、懸命にのばした手は届かなかった。
死なばもろとも。
最後の力を振り絞りみずから滑落した蝸牛、その道ずれとされた狐侍の身はふたたび崖下へと消えた。
「九坂殿、九坂殿ーっ!」
朝焼けに染まる竜尾岳に長七郎の悲痛な叫び声が木霊する。
しかしどれだけ懸命に呼びかけようとも、答えは返ってこなかった。
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