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其の三百四十七 竜尾岳の死闘 中編
しおりを挟む藤士郎の姿が崖下に消えた。
残ったのは刺客である蝸牛と狙われている長七郎のみ。
この窮地において弱冠十三歳の若侍は腰の刀を抜いた。
顔を青くしながらも両手でしっかりと刀を握り、切っ先を向けてくる長七郎に「ほう」と蝸牛は感心する。
「成りは小さくとも侍の子か……、その気概やよし。この旅で成長したのだな。男子、三日会わざれば刮目して見よとはいうが、なるほど。
だがそれだけに惜しいな。あと五年もすればいっぱしの武士(もののふ)に成れたものを。しかしこれもまた宿世の因縁。せめて苦しまぬように殺してやろう。
恨むのならばつまらぬ御家騒動にかまけている、阿呆どもを恨むがよい」
のびた鎖分銅をじゃらりと地面に垂らしたまま、大鎌を手にした蝸牛が悠然と長七郎に近づいていく。ひと掻きにて喉笛をかっ捌くつもり。
迫る巨漢の圧に押される格好にて、長七郎はじりじりと後退る。
が、すぐに後がなくなった。
目の前にまでやってきた蝸牛に、せめて一太刀と武士の意地をみせる長七郎であったが、決死の覚悟にて繰り出した突きはあっさり鎌で払われてしまう。
高々と振り上げられた大鎌、研ぎ澄まされた刃が陽光を受けてぎらりと光る。
凶刃がまさに振り降ろされんとした瞬間――。
ばっと崖下から踊り出る影があった。
輪郭からかろうじて人であることがわかるものの、その動きが尋常ではない。あり得ない跳躍はまるで翼を得たか、はたまた大地に縛る力から解き放たれたかのよう。
河童の丸薬を飲んだ狐侍であった。
ただならぬ気配と殺気、とっさにふり返った蝸牛は振り上げていた大鎌にて対処しようとするも、それはかなわない。
斬っ! 銀の一閃。
狐侍の小太刀にて、鎌を持つ腕を手首の辺りで両断される。
ばかりかまだ攻撃は終わらない。狐侍の身がくるりと宙にて回っては、返す刀で二の太刀が飛ぶ。狙うのは蝸牛の太い首。
「ぐぬっ、おのれっ」
とっさに身を引き、顔を反らすことで蝸牛は小太刀の刃をかわすも、完全には避けきれず。切っ先が顎先から頬をかすめて、ぱっと鮮血が散った。
狐侍はさらに攻勢をかけていっきに仕留めようとする。
だが、それをさせじと暴れたのは蝸牛の鎖分銅――だらりと地面に投げ出されていた鎖がうねり、波打ち、狐侍へと襲いかかる。
並みの鎖の倍はある太さの鎖、その分だけ重さもあり、少しかすっただけでも吹き飛ばされるのは、狐侍も先に経験済み。
竜尾岳の頂上付近にて狭い悪路で、蝸牛が操る鎖が大蛇ごとくのたうちまわる。
巻き込まれないように避ける狐侍だが、先回りして待ち伏せを仕掛けてきただけあって、蝸牛は一帯の地形をよく把握していた。素早く動く狐侍を目で追いつつ、先読みしては鎖を放ち足場を潰し、接近を拒む。
中距離は鎖分銅の間合いにて蝸牛の独壇場。小太刀を持つ狐侍は猛攻から逃げるしかない。
だが、次第に鎖の動きに翳りが見え始めた。
それもそのはずだ。手首から先を失い血を流し続けているのだから。
このままではじきに動けなくなる。
ゆえに蝸牛は勝負に出た。
蝸牛が長い鎖をいったん手元に戻したとおもったら、ふたたび正面に向けて放つも、形状がこれまでとは異なっている。のびた鎖が団子となって塊にて飛ぶ。
向かってきた鎖団子を狐侍は跳んでかわす。
しかしそれと同時に蝸牛もまた動いていた。駆け寄り拾ったのは大鎌である。いまだに切り落とされた手首がついたままのそれを拾うなり、思い切り投げつけた。
ひゅんと回転しながら飛んでいく大鎌、宙にいる狐侍はこれを避けられない。
やむを得ず小太刀にて受けた狐侍は、踏ん張りが利かないので大鎌にはじかれる形で地面に転がった。受け身もとれずに背中をしたたかに打つも、強化されている状態なのですぐさま跳ね起きる。
けれども狐侍が顔をあげたところで、眼前に蝸牛が迫っており、その手には匕首が握られていた。
迎え討つべく狐侍は小太刀の切っ先を突き出す。
するとここで蝸牛が驚くべき行動をとった。
なんと、小太刀に対して傷ついて血塗れとなっている方の腕をかざしたのである。
ずぶりと切っ先が肉に深々と食い込み、やがて骨に当たって止まった。
狐侍は慌てて小太刀を抜こうとするも、そこへ蝸牛の匕首が襲いかかる。
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