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其の三百二十七 雨景色
しおりを挟む迫る追手。
木々の合間を抜け奥へと逃げ込む。
ある程度の距離を稼いだところで。
「そこの窪みに身を伏せておいて。私がいいというまで、絶対に顔を出さないように」
告げるなり藤士郎はひとりきびすを返した。
木の陰から陰へと素早く移動し、迂回するようにして戻ることで、狐侍は追手の集団の背後へと回る。
森の中に入ったことで、木々の枝葉が傘となり雨脚がやや鈍った。視界がましになっている。
そんな中で懸命に目を凝らし敵勢を確認したところ、数は七名。人相風体からして、最寄りの宿場町にたむろする牢人者らとおもわれる。
おおかた狩りの勢子役として金で雇われたのであろう。
きっと本命は待ち伏せをしていた弓の射手だ。
ちなみに勢子(せこ)とは狩りのときに獲物を追い立てる役のことである。
だが集団の中に弓を手にした者の姿は見当たらない。
「合流せずに離れたところで様子をみているのか……。やっかいだね」
数に驕ってのこのこ姿をあらわしてくれたなら、いかようにでも料理できる。
けれども一流の弓の遣い手に距離を置かれたら、手も足も出ない。
こちらは大事な荷物を抱えた身にて動きにかなりの制限を受けて入る。さて、どうしたものか。藤士郎が思案していると敵集団に動きがあった。
扇のように広がっては等間隔にて横並び、ゆっくりと進み始める。
ああやって自分らを網に見立てて、隠れているであろう獲物を追い詰める算段なのだろう。
辛抱できずに獲物が飛び出してきたところを、矢で仕留めるなり、囲んでなます切りにしたり。
「やはり射手がこの集団を率いているとみていいようだね。この陣形、狩りの方法としては正しい。でもね……」
すすすと動き出した狐侍が、敵勢に背後から音もなく忍び寄る。
狙うは足が乱れて隊列から遅れた者。
一見すると横並びにて、互いに歩調を合わせているものの、しょせんは付け焼刃である。体格差や歩幅に差があり、完全に調子を合わせるまでには至っていない。まるで息が合っておらず、てんでばらばら。
それに連中は狩人ではない。熊を狩る又鬼(またぎ)らのように、山に慣れ親しみ、自然に精通しているわけじゃない。
鬱蒼とした森、木の根がうねる段差のある地面、ただでさえ薄暗い内部が雨のせいでいっそう暗くなっている。
そんな中をなんの訓練も積んでいない者が、ふだんのように動けるわけがない。
一方で狐侍の方はどうかというと、今時の剣客にしては珍しく山籠もりを経験済み。
伯天流の修行には、春夏秋冬、それぞれの季節に、山にてひと月過ごすという、過酷なものがあるのだ。しかも持ち込めるのは小太刀一本のみにて。
ただ生き残るだけでも大変な環境に放り出されたおかげで、森の中での獣じみた動きは身につけている。
◇
緊張と疲れから肩で息をしていたのは、敵勢のうちのひとり。
抜いた刀を持ち上げ続けたせいで腕の筋肉が張っている。腰に差した鞘が歩くのに邪魔だ。いら立ち注意力が散漫となる。ついに足を止めたところで、忌々しげに見上げたのは空であった。雨のせいで、びしょ濡れ。肌に着物がはりつく。足下も滑るから歩きにくいったらありゃしない。
不意に枝葉伝いに大きな水滴が降ってきて、ぴしゃりと額を打つ。ひょうしに飛沫が目に入ったもので、男は「うっ」とたまらず目を閉じた。
刹那のこと、背後からのびた手により男の口元が塞がれた。驚きすぐに振り払おうとするも、とたんに全身から力が抜けていく。
喉をばっくり切られた!
気づいたときには、すでに地面の血溜まりに沈んでいた。
「これで三人目……。欲をいえばあとひとりぐらいは減らしておきたかったけど、さすがにそろそろ気づかれるよね」
残るは四人の牢人者と、凄腕の射手ひとり。
連中、よもや逃げたはずの獲物が二手に分かれて、その片割れが自分たちの背後に回っているとは露知らず。
ここまで矢が飛んできていないことからして、射手も前方にばかり気をとられているようだ。
とはいえ、それも限界だろう。
だから敵がこちらの動きに気がついて態勢を整える前に、奇襲をかけるべく狐侍はいっきに駆け出した。
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