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其の三百二十四 名無しの飛脚
しおりを挟む三柱の「お犬さま」が宿った裏札、これを三峯神社に返納するにあたって利用されたのが飛脚である。
本来ならば最後まで責任を持って自分で届けたいところではあったのだが、三峯神社は縁なき者は辿り着けぬことで有名にて。
それに堂傑はまだ修行中の身であり、藤士郎にも日常がある。これ以上はとても関わってはいられない。巌然もまたしかり。
そこで頼みとしたのが飛脚なのだけれども……。
「えーと、そのぅ……本当に預けて大丈夫なのかい?」
物が物なだけに、万が一があっては困る。
藤士郎が心配すると堂傑は「大丈夫ですよ」と笑顔をみせた。
「ちゃんとそれ専門の飛脚に頼みましたから」
「専門の飛脚? そんなのがいるの」
「はい。いわくのある品を扱うのに特化した飛脚がじつはいるんです」
ひと口に飛脚といってもいろいろある。
幕府直轄にて公用文書などを運ぶ継飛脚(つぎひきゃく)。
御上の御用達だけあってすべてに優先されており、増水による川留(かわどめ)にてみなが足止めを喰らっている場合でも、多少の無理を押し通せる。
大名飛脚はその名の通り、大名たちがよく利用している飛脚。
国元と江戸藩邸や大坂の蔵屋敷などを主に行き来している。紀州・尾張・松江藩が東海道七里ごとに馬の引継ぎ小屋を建てていた七里飛脚や、加賀藩が月に三便走らせていた江戸三度などが有名である。
一般的に利用されているのが町飛脚だ。
江戸・大阪・京都の三都の間を中心に駆け回っており、月に三度、決まった日に行き来していることから三度飛脚と呼ばれたり、東海道を六日で往復していたことから定六なんぞとも呼ばれている。
こまめに近郊を行き来する町飛脚もいて、こちらは鈴をつけて走り回っていたもので、ちりんちりん飛脚なんぞと呼ばれて庶民に親しまれている。
専門となれば金銭を扱う金飛脚、米相場の情報を扱う米飛脚なんぞがある。
かかる費用はまちまちながらも、大坂と江戸の間でおおまかなところでは……。
出発が不定期で、十日ほどかけてのんびり運ばれる並便にて、料金は三十文也。
定期的に出発日が決まっているのが幸便にて、料金は六十文。
特別に飛脚を走らせるのが仕立便にて、料金は金三両から。なお急ぎ具合に応じて要相談となる。
そしていわくつきのある品を運ぶ飛脚なのだが、特別な呼び名はなく、これの存在は世間一般にはほとんど知られていない。
飛脚屋の中でも限られた大店が請け負っており、その背後には全国津々浦々に根を張っている寺社仏閣がいる。
商人には商人の結びつきがある。武士には武士の繋がりや伝手があるように、神職や僧侶らにもそれはある。
寺社仏閣は立場上、怪事変事に巻き込まれることが多い。
だからとて、すべてに対処なんぞはできやしない。一見、同じにみえても得手不得手があるのだ。そこで足りない分を互いに補おうと発足されたのが、いわくのある品を扱う名無しの飛脚便の前身であった。
堂傑より名無しの飛脚の話を聞いて、藤士郎はいろいろ得心がいった。
巌然や幽海が江戸の外のことに通じており、やたらと手際がよかったり、耳が早いとはおもってはいたが、この飛脚を活用していたのだろう。
「裏札を預けた飛脚は、これまでにも何度か似たような依頼で、三峯神社に行ったことがあるそうですから」
と堂傑。
人の寿命なんぞは儚いもの。何かのひょうしにぽっくり逝くこともある。
それゆえにうっかり御眷属様の返却忘れ問題がちょくちょく起きていることを知り、藤士郎は「えー」と呆れ顔になった。
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