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其の三百 七の炎 老人之火 中編
しおりを挟む一行に同情した山の老神は、彼らに三つの宝物を授ける。
旗と軍配と錦袋だ。
「この旗を掲げれれば、つねに正義はその方たちとなり、心ある者たちはこれに集うであろう。戦をこの軍配で指揮すれば、たちまち味方を鼓舞し、軍略の知恵を得て、たとえ十倍もの敵勢とて恐れることはないだろう。必要なものは錦袋から無限に湧く黄金にて買いそろえるがよいだろう」
どれも素晴らしい宝物であった。
これさえあれば御家再興はきっと成就されるであろう。
だがこれほどの品々をただでは受け取れない。
だから一族の長は「願いが叶いましたら、神社を建てて、きっと貴方様を祀ります」と申し出るも、山の老神は首を横に振る。
ならばと、思いつく限りのことを一族の長は口にするも、やはり山の老神はうなづかない。どれもお気に召さないらしい。
そもそもの話、老神は下界の人間が用意できるようなものなんぞは、己でどうにでもできたのだから、それも無理からぬこと。
けれども、そんな山の老神が食指を動かすものを、一行はひとつだけ持っていた。
それはまだ赤子であった姫である。
まばゆい真珠のごとき愛らしい赤子の名を珠姫といった。
山の老神もひと目見るなり「これは愛い愛い、いずれは並ぶ者のないほどの絶世の美姫となろうぞ。だがそれゆえにちと危うい」と眉を曇らせる。
人の世に過ぎた美姫は、ときに傾国を招き、ときに戦乱をも引き起こす。
ゆえに山の老神は言った。
「この子が十五になったら捧げよ。私の嫁にしよう。さすればいらぬ諍いも起こらぬであろう」
神さまの嫁になる。
それはとても栄誉なこと。しかも御家再興も果たすばかりか、神さまと縁続きとなることで、御家はますます繁栄することであろう。
一族の長はそのありがたい思し召しに従うことにした。
かくして神との約定は結ばれた。
◇
十数年後……。
御家は再興されたばかりか、勢力をも広げ、いまでは近在の六ヶ国をも平らげ、自他ともに認める大々名となっていた。
山のようなお城を建て、城下町は連日がお祭りのような賑わいにて、たいそう栄えている。
この繁栄ぶりに花を添えるようにして、美しく成長していく珠姫。
その珠姫も来年には十五の歳となる。
山の老神と約束した歳だ。めでたい話である。けれども姫の父親である一族の長は、やや気鬱であった。
なぜなら珠姫の評判を聞きつけて、都の帝からの遣いが何度もやってきては「ぜひ姫を内裏にて帝の側に」と催促してきていたからである。
神と帝の間で板挟みとなって、一族の長はすっかり困り果てていた。
一族の長を悩ませていることは他にもあった。
当の珠姫が「山なんぞに行きたくない。ましてや老神の嫁なんぞ、ぜったいに厭じゃ!」と我が儘を言う。
とはいえ、それもしょうがない。
山の老神に助けられたとき、珠姫はまだほんの赤子であった。当然ながら仔細を理解できるはずもなく。それでいて物心つく前から、周囲よりずっと「おまえは山の老神の嫁になるんだよ」と言われ続けてきた。
そのせいで年頃なのに、殿方と歌のひとつも交換させてもらえない。
大切にされた箱入り娘と言えば聞こえはいいが、実態は軟禁に近い。
多感な年頃の珠姫が不満に感じるのも当然であったのかもしれない。
するとそんな珠姫の不満を嗅ぎつけたのが、帝の遣いの者であった。
密かに姫と接触し、帝がみずから筆をとり、気持ちを綴った歌を手渡す。
さすがは一流の歌人に師事し、都の水で洗練された貴人だけあって、帝の歌のなんと素晴らしいこと。
珠姫はたちまち強く心惹かれた。
こうやって水面下で接触を続けていた帝の遣いの者は、いつまでも煮え切らぬ一族の長に見切りをつけて、強行策をとった。
珠姫をさらって逃げてしまったのである。
一族の長が気がついた時には、珠姫一行はすでに国境を超えてしまっていた。
どうにかして珠姫を連れ戻そうとするも、相手は帝の威を借り、また国をまたいでのことゆえに、なかなかうまいこといかない。
そうこうしているうちに、ついに山の老神との約束の日を迎えてしまった。
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