278 / 483
其の二百七十八 山門芝居
しおりを挟む幽玄美と空白美により形成されるのが枯山水なる石庭の特徴である。
だというのに地面の砂利の上に描かれた流麗な文様がもはや見る影もない。
静謐(せいひつ)は破られ荒らされている。
びゅん、びゅん、ひゅん、ひゅん!
縦横無尽に暴れる火切り鎌の付喪神の超長左腕と、その手に握られている火切り鎌のせいだ。
疾風のごとく飛んでは、くんっと急旋回、振るわれるほどに刃が加速していく。威力については言わずもがな。
対する狐侍は防戦一方だ。なるべく縮こまっては小太刀をかざし、ひたすら受け流しに徹する。
いまや石庭は火切り鎌の付喪神の独壇場となりつつあった。
でもよくよく見てみれば、狐侍がじりじり動いている。
一見すると敵の攻勢によろめき押されているように見えなくもない。
だがしかし、これは意図したもの。
そうやって少しずつ狐侍が向かっていたのは……。
ぎゃぃいぃぃぃぃん!
突如として風切り音が不快な音に変わったとおもったら、火切り鎌の付喪神の猛攻が止んだ。
止めたのは枯山水の一角に飾られてあった岩である。
いかに凄まじい攻撃とはいえ、さすがに固く頑強な岩には歯が立たない。刃がはじかれてしまう。
そしてこれこそが狐侍の狙いであった。
敵の動きが止まった瞬間に、狐侍があいている方の手をのばす。さっとしゃがんで拾ったのは足下に敷き詰められている砂利である。手のひらいっぱいに握ったこれを、相手の顔へとめがけて思い切り投げつける。
勢いを失い、たるんだ超長左腕、隻腕となっている火切り鎌の付喪神は飛んでくる砂利を避けるしかない。だから身をひねってどうにかかわすも、すべてはかわしきれず。
いくつか貰ってしまった。それでも大きく体勢を崩すまでには至らない。
持ち直し、ふたたび超長左腕を暴れさせようとするも、その時になってようやく気がついた。
いつのまにやら狐侍の姿が失せていることに。
火切り鎌の付喪神は「どこだ?」と言わんばかりに、長い首をきょろきょろめぐらせ行方を探す。
――いた!
なんと狐侍の姿は宙にあった。最寄りの岩を足場としての跳躍、高らかに舞い弧を描き向かっていたのは……。
斬っ!
落下の勢いと己が体重をも込めた渾身の捨て身の一刀。
断ち切ったのは火切り鎌の付喪神の超長左腕の肘の辺り。
だがそれで終わりじゃない。着地と同時に、切り離した腕の肘から先の方を掴むなり、狐侍はこれを振り回した。
二周、三周と回し、たっぷり勢いをつける。
そうしてから力任せに岩めがけて叩きつけた。
この乱暴により切り落とされた腕が握っていた火切り鎌は、刃が欠け、その身にもひびが入ったところで狐侍は「そうれ、もう一丁」
相手は異形の付喪神である。
本体はひょろ長いのっぺらぼうの方ではなくて、手にしている得物の方だ。
だからいくら体を傷つけたとて倒せない。倒すには大元を壊すしかない。
計、三度も固い岩に叩きつけられた火切り鎌は堪え切れず。
ついにぼきりと折れてしまった。
とたんに異形の姿が滲んでぼやけて消えてゆく。
狐侍はようやく終わったと安堵するも、その時のことであった。
急に女の悲鳴がして、姿をみせたのはとよである。
恐怖のあまり錯乱の末、堂傑や小坊主の制止を振り切って、部屋から飛び出してきてしまったのだ。
これに慌てたのは狐侍である。
なぜならまだ敵は完全に消えてしまってはいなかったから。
「はっ! いけない。まだ――」
刹那、狐侍の視界の隅を一条の光が走る。剣呑な輝きを放つ何か。
それが砕けた火切り鎌の欠片だと気づくも、時すでに遅し。
「あぁっ」
とよがうめき声をあげる。数歩よろめいてから娘はその場で両膝をついた。首筋からは血がとめどもなく溢れており、ついには床にできた血だまりに倒れ伏す。
やられた! 付喪神による執念の一撃が憎い仇に届いたのである。
これに満足したのか、火切り鎌の付喪神は小気味よさげに身を震わせながら、夜の闇に溶けて消えてしまった。
◇
目の前でとよが殺された。
藤士郎は呆然と立ち尽くす。
「なんてこったい。とんだどじを踏んでしまった。あぁ、私がもっと上手く立ち回っていたら、こんなことにはならなかったのに。可愛そうなことをしてしまった」
助けられたはずの命をみすみす奪われたことを、藤士郎は激しく後悔し、己の不甲斐なさをおおいに恥じるばかり。
だがしかし……。
ぽんっ!
目の前で血まみれの若い娘の骸が消えた。
代わりにあらわれたのは紙の人形(ひとがた)である。
そこにひょっこり顔を出した堂傑が「やれやれ、うまくいきましたか」と言い出したもので、藤士郎は「へっ?」と目をぱちくり。
死んだとおもわれたのは、堂傑の陰陽術によって作られた式神である。
でもってこのお芝居は巌然和尚の指示によって組まれたもの。
なにせ相手は深い恨みに突き動かされている。追い払い、調伏したとて、その念が消えるわけじゃない。扱い方をあやまれば当人だけでなく一族郎党、末代まで祟る恐れも十分にありえる。
そこで相手に願いが叶ったとおもわせて、後顧の憂いを断つという計略であったとか。
とんだ三文ならぬ山門芝居に、まんまと騙された藤士郎はあんぐり。
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる