狐侍こんこんちき

月芝

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其の二百七十八 山門芝居

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 幽玄美と空白美により形成されるのが枯山水なる石庭の特徴である。
 だというのに地面の砂利の上に描かれた流麗な文様がもはや見る影もない。
 静謐(せいひつ)は破られ荒らされている。

 びゅん、びゅん、ひゅん、ひゅん!

 縦横無尽に暴れる火切り鎌の付喪神の超長左腕と、その手に握られている火切り鎌のせいだ。
 疾風のごとく飛んでは、くんっと急旋回、振るわれるほどに刃が加速していく。威力については言わずもがな。
 対する狐侍は防戦一方だ。なるべく縮こまっては小太刀をかざし、ひたすら受け流しに徹する。
 いまや石庭は火切り鎌の付喪神の独壇場となりつつあった。
 でもよくよく見てみれば、狐侍がじりじり動いている。
 一見すると敵の攻勢によろめき押されているように見えなくもない。
 だがしかし、これは意図したもの。
 そうやって少しずつ狐侍が向かっていたのは……。

 ぎゃぃいぃぃぃぃん!

 突如として風切り音が不快な音に変わったとおもったら、火切り鎌の付喪神の猛攻が止んだ。
 止めたのは枯山水の一角に飾られてあった岩である。
 いかに凄まじい攻撃とはいえ、さすがに固く頑強な岩には歯が立たない。刃がはじかれてしまう。
 そしてこれこそが狐侍の狙いであった。
 敵の動きが止まった瞬間に、狐侍があいている方の手をのばす。さっとしゃがんで拾ったのは足下に敷き詰められている砂利である。手のひらいっぱいに握ったこれを、相手の顔へとめがけて思い切り投げつける。

 勢いを失い、たるんだ超長左腕、隻腕となっている火切り鎌の付喪神は飛んでくる砂利を避けるしかない。だから身をひねってどうにかかわすも、すべてはかわしきれず。
 いくつか貰ってしまった。それでも大きく体勢を崩すまでには至らない。
 持ち直し、ふたたび超長左腕を暴れさせようとするも、その時になってようやく気がついた。
 いつのまにやら狐侍の姿が失せていることに。
 火切り鎌の付喪神は「どこだ?」と言わんばかりに、長い首をきょろきょろめぐらせ行方を探す。
 ――いた!
 なんと狐侍の姿は宙にあった。最寄りの岩を足場としての跳躍、高らかに舞い弧を描き向かっていたのは……。

 斬っ!

 落下の勢いと己が体重をも込めた渾身の捨て身の一刀。
 断ち切ったのは火切り鎌の付喪神の超長左腕の肘の辺り。
 だがそれで終わりじゃない。着地と同時に、切り離した腕の肘から先の方を掴むなり、狐侍はこれを振り回した。
 二周、三周と回し、たっぷり勢いをつける。
 そうしてから力任せに岩めがけて叩きつけた。
 この乱暴により切り落とされた腕が握っていた火切り鎌は、刃が欠け、その身にもひびが入ったところで狐侍は「そうれ、もう一丁」

 相手は異形の付喪神である。
 本体はひょろ長いのっぺらぼうの方ではなくて、手にしている得物の方だ。
 だからいくら体を傷つけたとて倒せない。倒すには大元を壊すしかない。

 計、三度も固い岩に叩きつけられた火切り鎌は堪え切れず。
 ついにぼきりと折れてしまった。
 とたんに異形の姿が滲んでぼやけて消えてゆく。
 狐侍はようやく終わったと安堵するも、その時のことであった。

 急に女の悲鳴がして、姿をみせたのはとよである。
 恐怖のあまり錯乱の末、堂傑や小坊主の制止を振り切って、部屋から飛び出してきてしまったのだ。
 これに慌てたのは狐侍である。
 なぜならまだ敵は完全に消えてしまってはいなかったから。

「はっ! いけない。まだ――」

 刹那、狐侍の視界の隅を一条の光が走る。剣呑な輝きを放つ何か。
 それが砕けた火切り鎌の欠片だと気づくも、時すでに遅し。

「あぁっ」

 とよがうめき声をあげる。数歩よろめいてから娘はその場で両膝をついた。首筋からは血がとめどもなく溢れており、ついには床にできた血だまりに倒れ伏す。
 やられた! 付喪神による執念の一撃が憎い仇に届いたのである。
 これに満足したのか、火切り鎌の付喪神は小気味よさげに身を震わせながら、夜の闇に溶けて消えてしまった。

  ◇

 目の前でとよが殺された。
 藤士郎は呆然と立ち尽くす。

「なんてこったい。とんだどじを踏んでしまった。あぁ、私がもっと上手く立ち回っていたら、こんなことにはならなかったのに。可愛そうなことをしてしまった」

 助けられたはずの命をみすみす奪われたことを、藤士郎は激しく後悔し、己の不甲斐なさをおおいに恥じるばかり。
 だがしかし……。

 ぽんっ!

 目の前で血まみれの若い娘の骸が消えた。
 代わりにあらわれたのは紙の人形(ひとがた)である。
 そこにひょっこり顔を出した堂傑が「やれやれ、うまくいきましたか」と言い出したもので、藤士郎は「へっ?」と目をぱちくり。
 死んだとおもわれたのは、堂傑の陰陽術によって作られた式神である。
 でもってこのお芝居は巌然和尚の指示によって組まれたもの。
 なにせ相手は深い恨みに突き動かされている。追い払い、調伏したとて、その念が消えるわけじゃない。扱い方をあやまれば当人だけでなく一族郎党、末代まで祟る恐れも十分にありえる。
 そこで相手に願いが叶ったとおもわせて、後顧の憂いを断つという計略であったとか。
 とんだ三文ならぬ山門芝居に、まんまと騙された藤士郎はあんぐり。


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