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其の二百七十七 火切り鎌の付喪神
しおりを挟む待ち伏せをしていた火吹き竹の付喪神を倒した藤士郎は先を急ぐ。
すると聞こえてきたのは悲鳴と争う音であった。
「ひよぇ、危ない」
「わわわっ」
声の主は堂傑と小坊主である。
藤士郎が駆けつけてみれば、部屋の隅で怯えて縮こまっているとよを庇い、畳を盾にして懸命に異形に抗っているふたりの姿があった。
異様にひょろ長い手足に、異状に細い体、首もまた長く鶴のよう。
首の上にちょこなんとのっている頭はつるんとしており、顔はのっぺらぼう。
水蜘蛛みたいな棒人間、その手にぎらりと光るのは火切り鎌である。
これを乱雑にぶん回しては、何度も何度も斬りつけ、とよを亡き者にせんと狙っていた。
だが思い通りにはならない。
堂傑たちの頑張りもさることながら、巌然和尚によって室内に施されたお札による結界が効力を発揮しているからだ。一枚三両もするのは伊達じゃない。それが天井や壁、柱などにめったやたらと貼られている。
悪意と呪、邪を拒む結界、ふつうならば害意を持つ者は立ち入ることもままならない。
だというのに火切り鎌の付喪神は室内へと押し入り、我が身が傷つくのもかまわず腕を振るい続けている。
それすなわちこの者が抱く怒り、嘆きの強さをあらわしていた。
鬼気迫るその姿に藤士郎はやや気圧されつつも、横合いから駆け寄りいきなり斬りつける。
が、それは寸前に気づかれて防がれてしまった。
ならばと狐侍は身を低くして突進、火切り鎌の付喪神の細い腰に抱きつく。
まずはこの場所から奴を引き離さなければ……、とよや堂傑たちがいては満足に戦えないと考えたからだ。
まとわりつく狐侍、振り払おうと火切り鎌の付喪神が暴れる。
ふたりしてどたばた、揉みくちゃとなっては、はずみで障子戸を破り、廊下へとまろび出る。
さらに埃をたてながら床を転がり、ついには濡縁(ぬれえん)をまたいで、裏庭へと飛び出した。
◇
知念寺の裏庭は枯山水になっている。
白い砂利の上に整えられたうねりや渦紋が、無粋な乱入者たちによってたちまち崩された。
外に出たところで、両名は分かれぱっと飛び退る。
小太刀を手にした狐侍と火切り鎌の付喪神が向かい合ってのにらみ合い。
とはいって付喪神はのっぺらぼうなので、あくまでなんとなくなのだけれども。
のっぺらぼうがゆらり、頭を振ったとおもったら、飛んできたのは火切り鎌の刃である。
横薙ぎの一撃、表情がなく、動作も人のそれとはかけ離れているから、読みづらい。
でも落ちついて見極めれば、対処できぬほどでなし。
さっと腰を落として狐侍は攻撃をかわし、すかさず踏み込んでは反撃の突きを繰り出す。
身をよじって切っ先を回避した火切り鎌の付喪神であったが、完全にはかわしきれず。脇腹に裂傷をこさえることになった。
この一連のやりとりから狐侍は悟った。
相手は独特の形状をしているものの、動き自体は単調にて、素人であると。
だから一気呵成に攻めようとしたのだけれども、ここでおもいもよらぬことが起きる。
火切り鎌の付喪神が不意にだらりと肩の力を抜いて、両腕を前に垂らした。
「?」
狐侍が怪訝な顔にて警戒していると、それは始まった。
火切り鎌の付喪神のひょろ長い両腕、右腕がじょじょに縮んでいく。そしてこれに合わせて得物を持つ左腕がのびていくではないか!
ついには右腕が完全に体の中に引き込まれて無くなってしまい、代わりにあらわれたのは長い長い左腕である。
垂れ下がるどころではなくて、地面についてはとぐろを巻くほどの長さ。
火切り鎌の付喪神が体を大きくゆらすと、超長左腕が大小波うち、びよんと跳ねた。
まるで生きているかのような動きにて、長い腕がうねり踊る。それに合わせて手にしている火切り鎌の刃がひょうたんのような軌道にて宙を閃く。
ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん……。
枯山水に鳴り響く風切り音。
見るまに勢いを増していく。
そんな風切り音が唐突に変化した。
びゅっ! びゅっ! びゅっ!
凶悪そうな鋭い音に変わったとたんに、狐侍へと火切り鎌の刃が向かってきた。
なんとなく来るのはわかっていた。
でも避けられなかった。敵の攻撃が手前でぐんとのびたせいだ。
鞭のように振るわれる付喪神の超長左腕。いまや凄まじい速さにて動いており、先端が目で追いきれないほどにまで達している。
狐侍は小太刀で受けるしかない。
ぎゃんと刃が鳴いて、火花が散った。
重く強い衝撃、勢いに押されて体勢が崩されそうになる。
そんな攻撃が立て続けに襲いかかってきた。
乱舞する超長左腕、人外ゆえのありえない動きに翻弄される。
火切り鎌の付喪神の猛攻を前にして、狐侍は防戦一方へと追い込まれた。
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