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其の二百七十四 坊主に金砕棒
しおりを挟む大挙して押し寄せた百鬼夜行と知念寺側との攻防は続いている。
境内上空を旋回しつつ、戦いの趨勢を見つめていたのは有翼の黒銀虎とその背にまたがる狐侍だ。
「おっ、左馬之助がやったよ。これで正門の方はもう大丈夫だろう。さて、西側の方はどうかな……」
そちらに目をやれば、武器を手にした坊主たちが、塀を乗り越えてこようとする異形に臆することなく果敢に打ちかかっては、向こう側に叩き返している。
坊主たちが手にしているのは、ただの棍棒じゃない。
五尺ほどの八角形の長柄に鉄の鋲(びょう)と箍(たが)で補強が施された、金砕棒(かなさいぼう)と呼ばれるもの。
ずっと昔、光明天皇と後醍醐天皇が対立していた南北朝時代に考案されたという打撃武器である。鎧を着込んだ頑強な武者を打ち据え倒せるが、かなりの重量にて自在に操るには相当の筋力が必要となる。
そんな得物を坊主たちは軽々と振り回していた。
まるで金棒を手に暴れる鬼のようにて、頼もしいけれども、ちょっとおっかない。
「かーっ、戦国の世の僧兵なんぞ目じゃねえな。さすがは巌然の弟子どもだ。頭の中まで筋肉でできていやがるだけのことはある」
半ば呆れた調子にて銅鑼が褒めれば、藤士郎も「こっちは問題なさそうだね」とうなづく。
でも藤士郎の顔つきがすぐに厳しいものとなった。
地上の喧騒に目を奪われていたら、夜陰にまぎれて飛来する複数の存在を見咎めたからである。
それも四方八方からばらばらに向かってくるではないか。
わざと攻撃の手を散らすことで、こちらを攪乱しにきた。
どうやら敵勢の中にも知恵が回る奴がいるらしい。
「銅鑼!」
「わかっている、行くぞ藤士郎。振り落とされるなよ」
迎撃すべく有翼の黒銀虎は手近な相手へと向かった。
◇
四方にてみなが奮戦しているのを横目に、本堂前で護摩壇を焚き、一心不乱に経文を唱えていたのは、巌然和尚である。
祈祷することで味方を鼓舞し加護を与えるかたわら、相手が付喪神ゆえに半減する結界の効力を底上げしていた。
これにより敵全体が弱体化していたからこそ、みなが異形相手に五分以上の戦いを繰り広げられていたのである。
ゆえに巌然は、いわば守りの要(かなめ)だ。
もしも巌然が倒れたら、たちまち戦局が傾き守備が瓦解しかねない。
だというのに突如として経を唱える声が止んだ。
斜め後方の上空よりふわりゆらり、飛んできてはいきなりばさりと覆いかぶさってきたのは、一枚の芭蕉文柄の小袖である。
もちろんただの小袖なんぞではない。
なんと! 小袖の中からのびた白い女の腕が、猥らな手つきにて、法衣の内をまさぐってくるではないか。
その正体は「小袖の手」と呼ばれる着物の付喪神だ。
巌然は、すぐさま邪魔な小袖を振り払おうとするも、その時のことであった。
しゅるしゅるしゅるしゅる……。
地を滑るように這い寄り、一本の帯が体に巻きついてきた。
これは「蛇帯(じゃたい)」という帯の付喪神である。
銅鑼と狐侍たちが上空より飛来する敵に引きつけられているうちに、まんまと境内に侵入した二体の付喪神が巌然を狙う。
頭から小袖にすっぽり覆われ、帯により巾着結びにされてしまった巌然はじたばた暴れるも、抜け出せない。
「ぐぬっ、お、おのれ、このっ」
そして祈祷が中断したことにより、敵勢が盛り返してきたもので、守勢が押され気味になってしまった。
せっかく優勢に運んでいたというのに、ふたたび振り出しに戻る。
ばかりか明らかに旗色が悪くなってきた。このままではまずい!
あわてて藤士郎たちが巌然のもとへと向かおうとするも、させじとまとわりついてきたのは、所々がほつれている薄っぺらい蒲団である。蒲団の付喪神である「暮露々々団(ぼろぼろとん)」だ。
「うわっ、なんだこれ? なんか埃っぽくて、ちょっと臭うよ」
「ええい、鬱陶しい、放しやがれ。って、にゃーっ! 蚤(のみ)がいるじゃねえかっ!」
蚤は猫の大敵である。刺されたらかゆくてたまらない。
暮露々々団から逃れようと暴れる銅鑼、その背から振り落とされないようにと藤士郎は必死に掴まる。
そうやって彼らがもたついているうちにも、事態は悪化の一途を辿っていく。
このままなし崩し的に籠城戦が決するのか?
と、危ぶまれた矢先のことであった。
「なめるな! この程度で拙僧をどうにかしようとは、片腹痛いわっ」
勇ましく吠えたとおもったら、「ふんぬ」と気合いにて盛り上がったのは巌然の体である。
歩く仁王像との異名を持つ巌然、その鋼の肉体がたちまち膨れて、ぐぐっと隆々さを増した。
それと同時に聞こえてきたのは、びりびり、ぶちぶちという音である。
引き千切られたのは小袖と帯であった。
力任せにて拘束を解いた巌然は、ぐったりしている「小袖の手」と「蛇帯」をむんずと掴むなり「しゃらくさい」
目の前の護摩壇の火へとくべてしまった。
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