狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
265 / 483

其の二百六十五 風鳴りと火花

しおりを挟む
 
 鶴の一声にて、あっさり藤士郎は番所から解放された。
 持つべきものは同心の友である。
 藤士郎と近藤左馬之助らは、近くの居酒屋に場所を移す。

「やれやれ、助かったよ」

 蜆汁(しじみじる)のぶっかけ飯を空きっ腹にかっこみながら、藤士郎が礼を述べる。
 下手人として疑われていたもので、番所では白湯の一杯もでやしない。昼餉はお園さんのところで食べていたが、腹が膨れて途中で眠くなったら困るからと軽めに済ませていたのが仇となった。
 がつがつする狐侍を眺めながら茶をすすっている左馬之助は、ちょっと呆れ顔。
 そんな左馬之助、藤士郎が落ちつくのを待ってから、ちらりと周囲をはばかり声をひそめて言った。

「……じつは、おまえが巻き込まれたのと同じ事件が他でも起きている」

 いきなり首から血を吹き出しては、若い娘が燃え上がるという事件は、これで二件目とのこと。
 一件目は七日前の両国橋にて。
 犠牲となったのは医師の小畠源庵の娘、お文である。
 白昼の橋の上、衆人環視の中での凄惨な出来事であったという。
 そして二件目は今日だ。
 死んだ娘の身元はすでに判明している。小間物問屋菊村屋の娘、お菊である。
 ともに十七という歳で、習い事の帰りに災禍に見舞われた。
 まったく同じ手口からして、同じ下手人の仕業とみてまず間違いないであろう。

「それで藤士郎、現場にて一部始終を見ていて、何か気がついたことはないか?」

 前回のときは、まるで要領を得ず。不可解な事件にてわからぬことだらけ。
 だが今回はちがう。すぐそばに藤士郎がいた。見た目こそは垂れ柳のようで頼りなさげな若者だが、腐っても道場主にて伯天流免許皆伝の腕前である。幾度もの荒事を経験してきており、なかなかに豪胆だ。
 左馬之助より問われて、藤士郎は口をへの字に結び「うーん」と考え込む。
 そうして思い出したのが……。

「そういえばあの時……、直前にへんな音を聞いた気がする。ひゅんひゅん風が鳴ってたんだよねえ。でも風なんてちっとも吹いてなかったんだけど」
「風もないのに音がしていた?」
「うん。ひょっとしたら、あれが凶器だったのかも」

 娘の首を切ったのは飛び道具の可能性が高い。
 付近に犯行に使われた得物が見当たらなかったのは、一件目のときには川に、二件目のときには堀に落ちて沈んだから。そう考えれば刃物を持つ者がそばに居なかったことの説明もつく。
 だがしかし……。

「突然、火の粉が舞ったとおもったら、あっという間に燃え移っちゃったんだよ。ぼうぼうと」
「それなんだよ、藤士郎。お文のときは骸が大川に落ちて流れてしまって、検めたときには何もわからなかった。だがお菊は落ちたのが堀だったこともあって、わりとすぐに引きあげられた。だというのに、やはり油の臭いひとつ残っちゃいねえ」

 勢いよく燃えたというし、てっきり油か、火薬でも振りかけて火をつけたと疑っていた左馬之助であったが、娘たちの骸にはそれらしい痕跡がなかったという。

「ところでその火の粉なんだけど、どこかで見たことがあるような、ないような」

 と、はっきりしない藤士郎。
 刀同士がぶつかったときに散る火花のような、苛烈さはない。
 さりとて、しとしと散る線香花火ほど、大人しくもない。
 鍛冶師が鉄を打つときの火花のような、意志を持っているかのような力強さもなく、焚き火にてぱちぱちはぜる火花ほど鮮明でもない。
 ひと口に火花といっても、いろいろだ。
 あれこれ思いつくままに指折数えてみるも、どれもしっくりこず。
 藤士郎は眉間にしわを寄せたまま黙り込む。
 結局、どうしてもわからずじまいにて、この日はそれまでとなった。
 そのうち思い出したら報せると約束して、藤士郎と左馬之助はわかれたのだけれども……。

 これより七日後のことである。
 またもや犠牲者が出た。
 手口は先の二件とまったく同じ。
 舟宿伊根屋の娘、お真砂が死んだ。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...