狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
244 / 483

其の二百四十四 うどん

しおりを挟む
 馬車と列車で辺境伯領に行くのだが、今回は馬車二台に列車も個室席が二つ予約してあった。
 個室席は三人掛けの椅子が向かい合っていて六人で座れるのだが、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親が座ればひと席は満員になって、ヘルマンさんとレギーナとデボラとマルレーンが座ることができない。
 身の回りの世話をしてもらえるように、ヘルマンさんとレギーナだけでなく、デボラとマルレーンも今回の旅行にはついて来てくれていた。
 馬車が二台になったのはそのせいもあったが、単純に荷物が多くて一台では積み切れなかったという理由もあった。
 護衛付きの二台の馬車が列車の駅について、個室席に荷物を運び込んで座る。
 まーちゃんとふーちゃんが窓際の席に座って、わたくしがふーちゃんの隣りに、クリスタちゃんがまーちゃんの隣りに座った。
 わたくしの隣りに父が座って、クリスタちゃんの隣りに母が座っている。

「フランツとマリアが小さい頃にはもっとゆとりがあったのですが、かなりきつくなってきましたね」
「フランツとマリアがそれだけ成長したということだね」

 笑いながら話している両親に、わたくしは隣りに座るふーちゃんを見詰める。まだ背は低いので金色の髪の中につむじが見えているが、それがまた可愛くて堪らない。
 まーちゃんは最近は三つ編みにしてもらっているようだ。細い二つの三つ編みがよく似合っている。

「エクムント様とカサンドラ様は待っていてくれるでしょうか?」
「今日出発すると先方にはお伝えしてあります」
「歓迎してくださると思うよ」

 両親もエクムント様のことに関しては、進路の相談を受けていた十一歳の頃からよく知っているので、表情が柔らかい。辺境伯領に長期間滞在するということになっても、両親がすぐに了承してくれたのは、エクムント様とディッペル家との関わりが深いからかもしれなかった。
 わたくしは小さな頃からキルヒマン家に連れて行かれていて、エクムント様が抱っこして庭を散歩してくださっていた。
 エクムント様が士官学校を卒業すると、侯爵家の子息なので仕える家がないと困っていたところを、名乗りを上げたのがディッペル家だった。
 エクムント様はディッペル家で五年間修業をしてから、カサンドラ様の養子になって辺境伯を継いだ。

 士官学校を卒業したときにはエクムント様は十七歳だったので、いきなり辺境伯になるには若すぎたのだろう。それでディッペル家で騎士をして五年間過ごして学んだのだ。

 列車が辺境伯領に着くと、馬車に乗り換える。大量の荷物も馬車に積みこまれた。
 日差しが強くて馬車の窓を開けて風を入れても蒸し暑さが抜けない。吹き込む風も暑さを含んでいた。

「エリザベートおねえさま、おのどがかわいちゃった」
「水筒に紅茶がありますよ」
「のみたい」
「わたくしも、のみたい!」

 ふーちゃんとまーちゃんに順番に水筒の紅茶を飲ませたが、水筒の中の氷は溶けていてすっかり常温になっていた。常温の紅茶でも、ふーちゃんとまーちゃんは喉を鳴らして飲んでいた。

 辺境伯家に着くと、庭に木々が茂っていて、噴水もあるので、木陰を吹く風は少しは涼しく感じられる。
 辺境伯家ではエクムント様とカサンドラ様が迎えてくれた。

 昼食を一緒に食べることになって、わたくしとクリスタちゃんは楽なワンピースに着替えさせてもらう。ふーちゃんはシャツにショートパンツ、まーちゃんは可愛いワンピースにカボチャパンツといういで立ちになっていた。
 両親も若干ラフな格好に着替えている。

「遠路はるばるお越しくださってありがとうございます」
「お招きいただきありがとうございます。家族一同、とても楽しみにしてきました」
「私とカサンドラ様もディッペル家の皆様がいらっしゃるのを楽しみにしていました」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢からは、学園のことも聞かないといけないね」
「カサンドラ様、よろしくお願いします」

 父とわたくしでご挨拶をすると、エクムント様とカサンドラ様が答えてくれる。
 カサンドラ様はスラックスにシャツ姿で、細身だがよく鍛えられた体が目立っていた。エクムント様もシャツとスラックス姿でリラックスしている。
 何を着ていても格好いいのだと見惚れてしまうが、そんなわたくしにクリスタちゃんが前に出た。

「カサンドラ様、エクムント様に言って差し上げてくださいな」
「どうしましたか、クリスタ嬢?」
「エクムント様はお姉様のこと、子どものように扱うのですよ。それなのに、急に『そのドレスの色は私の目の色ですよ』みたいなことを仰ったりして。わたくし、聞いていてびっくりしましたわ」
「クリスタ!? 聞いていたんですか!?」
「全部聞いていたと言ったではないですか」

 クリスタちゃんに聞かれていた。
 わたくしが熟れたトマトのように真っ赤な顔をしていたことも、声が裏返ってしまったことも、ミルクポッドを落としてしまったことも、不作法にカップとソーサーを落としかけて音を立ててしまったことも、全部クリスタちゃんに見られていた。
 恥ずかしさに頬を押さえるわたくしに、カサンドラ様が呆れた顔でエクムント様を見ているのが分かった。

「エクムント、それは意味が分かってやっているのか?」
「意味が、とは?」
「エリザベート嬢に、口説くような甘い言葉をかけている自覚があるのか、ということだ」
「く、口説く!? 私が、エリザベート嬢にですか?」

 動揺しているエクムント様にクリスタちゃんは止めとばかりに告げる。

「誠実なのはいいことなのですが、お姉様以外の異性からの贈り物は受け取らないとか、目の前で言ってしまうのも、どうかと思いました」
「それは当然のことでしょう? 婚約者に不義理はできません」
「エクムント、そういうところだぞ?」
「え? どういうことですか!?」

 カサンドラ様に叱られてエクムント様が動揺しているのが分かる。わたくしもあれだけ動揺させられたのだから、エクムント様にも少しは動揺して欲しかった。

「エリザベート嬢はお前が思っているほど子どもではない。大人の女性だよ?」
「エリザベート嬢はまだ十三歳です」
「十三歳とは、もう精神的にはかなり大人なのだよ」
「そ、そうですか……。私は、エリザベート嬢の顔を見るたびに、小さくて柔らかくて可愛いエリザベート嬢が浮かんできて……」
「それがいけないと言っているのだ。今すぐエリザベート嬢の認識を改めよ」
「は、はい!」

 優しくて穏やかで非の打ち所がないと思っているエクムント様が、カサンドラ様の前に出るとこれだけ少年のようになってしまっているのにも驚いてしまった。
 エクムント様はわたくしの中でずっと完璧な大人なイメージがあったのだが、それを覆された気がした。
 それもそのはず、エクムント様はまだ二十四歳、前世で考えると大学を卒業して二年目の新人社員くらいなのだ。

「エリザベート嬢、私が気付かぬうちに失礼をしていたようで、申し訳ありません」
「失礼なことはされていません」
「いえ、頭の中で失礼なことを考えていたかもしれません」
「それは、時間と共に変わっていくものだと思っていました」
「これから変えていくように努力します。どうか、私のことをお見捨てなく」

 見捨てるなんてあるわけがない。
 それなのに、反省してしょんぼりした少年のようになっているエクムント様の口からそんな言葉が出てきている。

「見捨てるわけがありません。エクムント様はわたくしの大事な婚約者です」
「そう言っていただけるとありがたいです。これからもエリザベート嬢のことを今まで以上に大事にすると誓うので、婚約者のままでいてくださいね」

 辺境伯家とディッペル家の婚約は国の一大事業であるし、破棄などあり得ないのだが、エクムント様が珍しく気弱になっているのだと気付いてわたくしは目を丸くした。
 エクムント様にもこんな一面があるのだ。

「エクムント、ディッペル家の方々も、昼食にしましょう。フランツ殿とマリア嬢がお腹が空いて涎が出そうになっていますよ?」

 カサンドラ様に声をかけられて、わたくしがふーちゃんとまーちゃんを見ると、ふーちゃんとまーちゃんは急いで服の袖で涎を拭いていた。
しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...