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其の二百三十九 立会人
しおりを挟む三本線の勝守の鈴。
欣也という伝説の賭博師。
骨肉相食む、競い争う七星たち。
不動と竜胆ら異母兄妹の口から、子鈴にまつわる因縁話を聞き終えた藤士郎は言葉もない。
藤士郎は困惑していた。
なんというか……、凄まじいからだ。それでいて薄気味悪くもある。
賭け事に熱くなってのめり込む、夢中になる。
その気持ちは藤士郎にもわからぬでもない。
だが、それが過ぎるあまりに、己の人生や命をも賭けるどころか、血を分けた我が子にもその業を背負わせる意味がまるで理解できない。正気の沙汰じゃない。
「欣也の鈴を拝見させていただいても」
つい黙り込んでいたら、竜胆から声をかけられて藤士郎ははっとする。一瞬、「奪われるのでは?」との考えが脳裏をよぎり、渡すのを躊躇しそうになった。けれど相手の目を見るなり、そんなけちな了見はたちまち霧散した。
女の瞳に浮かんでいたのは情念の炎、まぎれもない憎悪であったからだ。
それでいて鈴を手にするなり、粗略に扱うことはない。まるで産まれたての子猫に接する母猫のような、慈しみすらも覚えるほど。
垣間見えていたのは、愛憎が入り交じった複雑な感情であった。
身重の母親を捨てて放置した非情な父親に対する恨みつらみ、それでいてそんな父親を恋い慕う自分がいる。伝説の賭博師という父親に対する羨望と憧憬(しょうけい)、いっそちがう道を行ければ良かったのだが、身に流れる血がそれを許さない。
しげしげと、ひとしきり鈴を眺めていた竜胆は、それを不動へと回した。
これには藤士郎、内心で「えっ!」となる。
なにせ持つ者にとてつもない幸運をもたらす鈴だ。博徒たちが目の色を変えて、こぞって欲してやまぬ品である。それを今宵の大一番で戦う相手に、あっさり渡したからだ。その行動に一切の躊躇はなかった。
すると欣也の鈴を受け取った不動は、ひとしきり鈴を検分してから「ふんっ」と鼻を鳴らし、これまたあっさりと藤士郎に戻す。
彼らのそっけない態度に藤士郎はつい「おふたりは、この鈴が欲しくないんですか?」と尋ねた。
そうしたら返ってきたのは……。
「べつに……。ただ、いささか滑稽かな、と」
「だな。伝説だなんぞと持ち上げられちゃあいるが、しょせんはその鈴頼みの結果だ。どんなもんかと興味はあったが、だからとて欲しいとは思わないね」
竜胆と不動、賭博師としての矜持から出た言葉であった。
ここ一番での神頼み、その心情は否定しない。
だがそれはあくまで人事を尽くして天命を待つという意味でならの話である。
はなから神頼みとあっては、賭博師の名折れであろう。
他の七星たちの考えはわからないが、少なくともこのふたりに欣也の鈴を自分の物にするつもりはない。いささか人の身には過ぎた物。回収したら本社に戻すつもりであったとのことであった。
「にしても、ふざけた話だね。町田の親分はどうやらこの竜胆を信じて、下駄を預けるつもりはないらしい」
「それは埋地の親分も同じだ。どうやら連中は賭博師が代打ちを引き受けるという意味を、まるでわかっちゃいないようだ」
一身にかかるもの凄い重圧、これを背負う。その意味、覚悟、気概は想像を絶する。
だというのにだ。頼んだ側が、頼んだ相手のことを真から信用しちゃいない。だから裏でこそこそ手を回す。相当に無礼な話であろう。
竜胆と不動はともに憤懣やるかたなしといった様子にて。
その気持ちをおもんばかって藤士郎がうんうんうなづいていると、竜胆がずいっと身を乗り出し言った。
「これも何かの御縁かと。よろしければ、兄さんに立会人をお願いしたく」
よもやの申し出に藤士郎が目をぱちくりさせていると、不動も手を打ち「なるほど、そいつはいい考えだ」と言い出した。
中立の立場の者の手に欣也の鈴があれば、勝負に水を差されることもないとのこと。
母志乃に頼まれて知念寺の蚤の市に鍋を買いに出かけたら、おまけで手に入れた奇妙なたぬきの彫り物とその首から下げている鈴に見込まれたのが運の尽き。
方々駆けずり回った挙句に、ついには天下分け目の大一番の立会人までするはめになって、藤士郎は大きく嘆息せずにはいられない。
「幸運を呼び込む鈴? 疫病神の間違いじゃないのかしらん」
藤士郎が手の中の子鈴に胡乱げな眼差しを向ければ、まるで「失礼しちゃうわ」とでも言わんばかりに、子鈴がりぃんと鳴った。
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