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其の二百三十八 七星
しおりを挟む勝守神社は分社にて、当然ながら大元の本社が存在している。
その名前と場所の詳細は本社側の意向にて差し控えておく。
ただし、勝負運で有名な常陸国の一宮にある鹿島神宮ではないとだけは言っておこうか……。
本社のご神体は大人の男が数人がかりで、やっと持ち上げられるかというほどもある大鈴である。
江戸は本所の吾妻橋近くにある分社に祀られている鈴は、その大鈴の身を削りだしたもので拵えられた品だ。
ゆえに本社と分社のご神体の鈴は、じつの母子のような間柄といえよう。
だがこの江戸への招聘(しょうへい)の儀において、他にも子鈴(こすず)が生まれていたことを知る者は、ほとんどいない。
それはたまさかのことであった。
分社へ納めるご神体造りを依頼された職人は、丹精込めていい仕事をしたのだが、ようやく大任を終えて「やれやれ」
では後片付けを、という段になって床に散らばる綺羅粉(きらこな)に気がついた。
大鈴を削り出すさなかに生じた粉塵である。
集めてみるとけっこうな量がある。そのまま塵芥として捨ててしまうのは、なんとも罰当たりのような気がしたもので、職人はこれを使って鈴をひとつ作った。
それが三本線の勝守の鈴であった。
おまけといえばそれまでだが、成りは小さくともご神体の分身である。
だから職人は作った子鈴を自分の物とはせずに、正直に本社へ申し出て納めようとするも、宮司はこれを受け取らず。
心根の真っ直ぐな職人に宮司は微笑みかけながら言った。
「これも何かの御縁であろうよ。よいよい。おまえが持っていなさい」
かくして三本線の勝守の鈴は、職人の手元にて大切に保管されることになった。
けれども代替りをするうちに扱いがぞんざいになり、ついには火事のおりに紛失してしまった。
これを手に入れた男がいた。
名を欣也という。欣也は旅から旅をくり返す渡世人であった。
彼の出所はわからない。
そして忽然と消息を絶ったあとのことも……。
わかっているのは、欣也が日ノ本中の賭場を荒らしまわり、大きな代打ち勝負に応じること、じつに六十余度に及び、ただの一度も敗北したことがない、無敗無双を誇ったということだけ。
伝説の賭博師。
欣也が消える直前、彼は本社を訪ねて子鈴を返納している。
その時に欣也は宮司にこう伝えたそうだ。
「方々に種はまいた。あとは芽が出るのを待つだけだ」と。
そして刻が流れること二十年ばかり。
日ノ本各地にて、同時多発的に名を上げる賭博師があらわれた。
地元では敵なし。そんな彼、彼女らを指して、誰いうともなく「七星」と呼ぶようになったのはいつの頃からか。
◇
七星と呼ばれる賭博師たち。
竜胆と不動もまた、その星のうちのひとつ。
そして……。
「私たちは全員、あの男の腹ちがいの兄妹なんですよ」
「見た目はごらんの通りですが、揃いも揃って根っからの博打狂いでさぁ。何の因果か、くそ親父に似ちまって」
欣也が残した言葉の意味は、そのまんまであったのだ。
方々で女を孕ませては、捨て置く。女のもとに充分な金子は残していったというけれども、薄情な話であろう。非情にして異常ともいえる。
では、どうしてそんなことをしたのかというと、彼の真意は誰にもわからない。
尋ねようにも、当の欣也は消息不明だ。
大天狗と勝負するといって深山に分け入ったとも、逆恨みの凶刃に倒れたとも、鈴を手放したとたんにどっと押し寄せた不幸の餌食になったともいわれているが、生きているのやら野垂れ死んでいるのやら。
そんな欣也の落とし種である七星たちだが、それぞれが各地で勇名を馳せるうちに、自然とかち合うようになり、競い合うようになっていく。
そこに血を分けた肉親の情はなく、あるのはただ「相手に勝ちたい」「血沸き肉躍る勝負をしたい」という欲ばかり。それはまぎれもなく欣也の血がなせる因業であった。
賭博の世界に身を投じ、互いをねめつけ喰らい合う七星たち。
さなかのことであった。
『本社で保管されてあった欣也の勝守の鈴が盗まれた』
との風の便りが彼らの耳に届く。
その鈴を手にすれば伝説になれる――。
この誘惑に抗える博徒がいるであろうか?
誰よりも高見に、一番に昇りつめたいと願う七星らは、目の色を変えてその行方を探し、追い求めた。
するとある日のこと、不動と竜胆のもとに、とある大一番の代打ち依頼が舞い込んだ。それに合わせて、どうやら胴元が欣也の鈴を手に入れたらしいということも漏れ伝わる。
これ幸いと不動と竜胆が二つ返事で、代打ちを引き受けたのは言うまでもなかろう。
だが、いざ現地入りをしてみれば、肝心の鈴がない。
なんでも町田一家と埋地一家の間で奪い合いが発生しているとかで、混乱のさなかに行方知れずとなってしまったという。
けれど、不動と竜胆には確信めいた予感があった。
賭博師としての直感が告げていた。
「鈴は必ずここにやってくる」と。
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