狐侍こんこんちき

月芝

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其の二百三十六 犬猿の仲

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 今宵、分社の境内では大一番が行われるという。
 界隈をやたらと博徒っぽいのがうろついているとおもったら、それらはこの勝負をひと目見ようと集まってきた者たちであった。
 おかげで人出は減るどころか、増える一方……。
 だが、それは藤士郎たちにも好都合であった。
 集まっている連中はたしかに博徒が多く、これでは追手の見分けがつかない。けれども噂を聞きつけたのであろう物見高い江戸っ子の姿も多かったからである。
 藤士郎は思案する。

「その辺に鍋を隠しておいて、背中を丸めて縮こまれば、うまくまぎれ込めるかも」

 狐侍、追手には長身痩躯の鍋を背負った猫連れの若造として認識されている。
 それを逆手にとって、堂々と現地に乗り込むという大胆な策だ。

「というわけで、銅鑼もここから先は自分の足で歩いておくれよ」
「ちぇっ、面倒だがしゃあねえなぁ」

 ずっと抱かれて移動していたでっぷり猫が、しぶしぶ地面に降り立ったところで、藤士郎は早速きょろきょろ、鍋を隠しておける手頃な場所を探し始める。

  ◇

 鍋を隠し終えたところで、都合のいいことに手頃な集団が通りがかった。
 若い面子だ。いずれもどこぞの商店や裕福な家の放蕩息子といった年恰好にて、つるんでは親の金で遊び惚けているのだろう。彼らの話題はもっぱら町田一家の助っ人として雇われたという女博徒のことだ。よほどいい女らしく、だらしなく鼻の下をのばしては会話に夢中になっている。
 若者らが通り過ぎたところで、するりと足音もなく物陰より姿をあらわした狐侍は、こそっと最後尾に張りついた。藤士郎はさも連れであるかのようにして振る舞い、分社へと向かう。銅鑼は猫らしく、すでに単身向かっている。あちらで落ち合うことになっている。

 背を丸めやや前かがみとなり、顔を伏せつつ、まんまと分社の鳥居を潜ったところで、藤士郎はとても驚いた。
 けっして広くはない境内、だというのに本殿前の一画を除いて、びっちりと人で埋め尽くされていたからである。
 まるで元旦の吉方(えほう)詣りのような盛況ぶり。

 塵ひとつなく掃き清められた本殿前の開けた場所には、ほんのり薫るまっさらの畳が敷かれており、賭場が組まれてある。
 笊壺(ざるつぼ)と賽子(さいころ)がひとつずつ並ぶ。
 どうやら丁半勝負で白黒をつけるようだ。
 ここは博打の神さまの御前にて、下は固い石畳、周囲には大勢の目が光っているので、いんちきは出来そうにない。
 賭場を挟んでにらみ合うふたつの集団があった。
 渋柿色の藍染に炎の柄、背中には「町田」の文字が描かれている印半纏(しるしはんてん)という揃いのいで立ちは、町田一家だ。
 鴬(うぐいす)色の藍染に笹小路柄が涼やか、背中には「埋地」の文字が描かれた印半纏姿の方は、埋地一家である。
 町田一家を率いているのは、ふてぶてしい面構えの小太りの犬みたいな男であった。
 埋地一家を率いているのは、底意地が悪そうな面構えをした痩せた猿のような男であった。

 周囲から漏れ伝わってきたところによれば、この両一家……。
 というか、親分同士は犬猿の仲にて、昔から、それこそ餓鬼の時分から、ことあるごとにいがみ合っては張り合っていたという。そりゃあもう、親の仇のごとく。
 ならば互いに競い合って高め合えばいいものを、このふたりは逆に互いの足を引っ張り合うことに終始しているというから、呆れた話だ。
 今回の揉め事も、もともとは町田一家預かりとしてまとまりかけていた話に、埋地一家が「ちょっと待った!」と横槍を入れたことが発端だという。
 こう聞けば、さも埋地一家が悪者のようにおもえるが、さにあらず。
 町田一家側も、方々にまいないをばらまき、かつ噂の女博徒である竜胆の色香をもちらつかせて惑わして、土地の利権を得ようとしたというから、どっちもどっちであろう。

 そのようなことを小耳に挟みつつ、藤士郎は人混みに隠れるようにしてそろりと動く。
 探していたのは分社の人間だ。
 この大一番、どう転んでもただではすむまい。だからこれ以上、騒動に巻き込まれる前に用件を済まそうと藤士郎は考えた。
 いまのうちに預かった勝守の鈴を渡してしまう所存である。
 すると巫女が本殿脇へと向かう姿を目にしたもので、藤士郎はそれを追ったのだけれども……。


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