狐侍こんこんちき

月芝

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其の二百三十五 博打の虫

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 知念寺の蚤の市で鍋を買い求めた帰り道でのこと。
 わけもわからず破落戸どもに追いかけ回され、たまさか逃げ込んだ先で出会った老婆よりもたらされた、鈴にかんする新たなこと……。
 三本線の鈴、どうやらこいつはただの勝守の鈴ではないらしい。
 そして自分がつけ狙われている理由も、この鈴にあるっぽい。

「博打にご利益のある特別な御守りだから、連中ってば、これを欲しがっているのかしらん」

 藤士郎は腕組みにて「うーん」と思案顔となる。

「かもしれんな。……にしても気になるのは、さっき、連中の誰かが言っていた『時間がねえ』ということだ。ひょっとしたら裏で大一番が開かれるのかもしれん」

 かりんとうを食べ終わった銅鑼が前足で顔をけしけし洗いながら、藤士郎にだけ聞こえるような小声で、ぼそり。
 裏の大一番とは、もちろん賭け事のことである。
 ただし、ふつうの丁半ではない。
 例えば大店同士が莫大な利権や自慢の宝物を賭けて、もしくは地回り同士が縄張りを巡って、などなど。それらを荒事ではなくて賽子(さいころ)を振ったり、囲碁や将棋、双六などで白黒つける。
 ちょっとした催し、娯楽の延長である。
 闇試合みたいに人の生き死にを見物して面白がる悪趣味な催しよりかは、ずっと健全であろう。
 だが、賭ける対象によっては双方ともに必死になるし、またこれの勝敗をめぐって別の賭けが派生するから、周囲も黙っちゃいないので、いろいろとややこしい。

「どうする、藤士郎? いっそのことそいつを連中にくれてやるか」

 銅鑼がそんなことを口にするなり、鈴が震えてりぃんと鳴る。
 横着は許さない、ちゃんと送り届けろ。
 ということらしい。
 これを受けて藤士郎は嘆息しつつ「仕方がないね。そろそろお暇しようか」と腰を上げた。
 不躾な訪問にもかかわらず丁重にもてなしてくれた親切な老婆に礼を述べ、藤士郎と銅鑼はひらり、来た時と同じようにして庭の板塀を超えた。

  ◇

 玄関から表へのこのこ出て行ったら、たぶん先回りして待ちかまえている破落戸どもに捕まる。そこであえて来た道を戻ることで追手をまこうという狙い。
 目論み通り、壁を越えた先の裏路地に見張りの姿はなし。
 まんまと脱出に成功した藤士郎たちは吾妻橋近くにある、分社へと急ぐ。
 けれども、その道行きはたいそう難儀した。
 なぜならば、目的地は博徒どもの聖地みたいな場所ゆえに、近づくほどに視界を占める博徒の数がみるみる増えていくからである。
 分社の鳥居が見える位置ともなれば、割合が半々どころか、六対四、いいや、七対三ぐらいにまでなっていた。

「まいったね。これじゃあ、どれが敵だか見分けがつかないよ」

 警戒しつつ物陰から様子を伺い、背負っていた鍋を下ろした藤士郎は「はぁ」と嘆息する。
 ここまではどうにかやって来れたが、分社の前は見晴らしのいい一本道にて、身を隠せる場所がない。

「おうおうぞろぞろと、さすがは博徒どもの崇める地といったところか……。とはいえ、ちょいと妙だな」

 いっしょに覗いていた銅鑼が髭(ひげ)をひくひく揺らす。

「?」

 藤士郎が訝しんで片眉をぴくりとさせれば、銅鑼は続けてこう言った。

「いやな、いくらなんでも数が多すぎると思ってな。勝守の鈴が売りに出される午六つならばともかく、いまはもう七つの申刻過ぎだ。はやお陽さまも傾きだしているというのに」

 あと半刻もすれば、賭場が開かれる頃合いとなる。
 博打の虫がむずむずと騒ぎ出す時刻だ。
 だというのに大勢の博徒どもが、分社界隈をうろついている。ばかりか、目に見えてさらに増えているではないか!
 銅鑼の言う通り、たしかに奇妙なことである。
 藤士郎たちが小首を傾げていると、たまさか彼らが隠れている近くを通りがかったふたり連れの会話が漏れ伝わってきた。

「今日の一番、おまえはどっちに張ったんだ?」
「おれかい、おれはもちろん町田一家さ。なんといっても、助っ人にあの竜胆(りんどう)の姐さんをわざわざ呼び寄せたってんだからな。そういうおまえさんはどうしたんだい」
「こっちは埋地一家に賭けたぜ。東の女狼も捨てがたかったが、西の不動が出張るって聞いちゃあよぉ」

 じっと聞き耳を立てて会話を拾ったところによれば、どうやら新たに埋め立てられる土地を巡ってふたつの地回り一家が争っているらしく、その決着を博打で決めようということらしい。双方が名の通った代打ちの助っ人を呼んでおり、江戸の賭博界では、目下その話題でもちきりとなっている。
 で、その大一番がよりにもよって、これから藤士郎たちが向かおうとしている分社の境内を借りて行われるという。
 よもやの、銅鑼の予想が的中してしまい、藤士郎は「えぇー」と困惑せずにはいられない。


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