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其の二百二十五 瓢箪から駒
しおりを挟む他人の目をしのんで、後妻のお梅と流しの料理人である弥次郎が蔵で会っている。
こっそり様子を伺っていたら、ぼそぼそと聞こえてきたのは物騒な話であった。
松之助を殺す。
目的は竹太郎に紅楼の跡を継がせるためだ。
とんでもないたくらみを耳にしてしまい、ぼたんはぎょっ!
ただし、よくよく聞き耳を立ててみると、なにやらふたりの雰囲気がおかしい……。
「なにを遠慮することがある。父親の目があるうちは従順なふりをして、それがはずれたとたんに……なんてのは、よくある話だ。やられる前にやらなきゃ、あとで後悔しても遅いんだぜ」
「そんなことないわ。松之助さんは本当にいい人で……」
「はん! だからこそ逆に嘘くせえってんだ。いつもにこにこして、だれにも親切で丁寧? そんなのありえねえよ。坊主どもですらもが平気で嘘をつくというのに、生き菩薩じゃあるまいし。ふりだよ、ふり。ああやって孝行息子を演じては、周囲の目をあざむいていやがるんだ」
「でも……」
「でももへちまもねえよ。ぐずぐずしていたら、取り返しのつかないことになるぞ! いいのか? 一文無しで放り出されて竹太郎と路頭に迷っても」
「………………」
いかにもおためごかしな物言いにて、熱心に話しかけては弥次郎が悪だくみをそそのかしている。
でも謀り事をもちかけられているお梅の方は、尻込みしておりあまり乗り気じゃないようであった。
このふたり、以前からの顔見知りのようだが、はて?
ぼたんは内心で首を傾げている。
道ならぬ男女の仲、といった甘く退廃した感じがまるでしない。では元恋人同士かといえば、そういったのともちがう気がする。しいてあげれば、幼馴染みとか。
おおかた弥次郎はお梅を焚きつけて、のちのちに甘い汁でも吸おうとの魂胆であろう。
にしても、厭らしい男である。腹を痛めた我が子が可愛い母親の心情につけ込んで、奸計を囁いては、悪の道に引きずり込もうとするだなんて。
弥次郎とお梅が蔵にいたのは、ほんのちょんの間のことであった。あまり長居をすれば周囲に気取られることを用心してのことであろう。
ふたりがいなくなってから、物陰よりあらわれたぼたんはすっかり困り顔となる。
「とんでもない話を聞いてしまったわ。お梅さま、あの様子だとまだ決心がつきかねているみたいだけど迷いがある。じきに押し切られそうな気がする」
ならば一刻もはやく主人に報せるべきではあるが、証拠がない。
それに自分と彼らの立場の差もある。
流しとはいえ腕を請われて厨房に入っている板前と、紅楼の後妻と、田舎出のおぼこ娘と。
周囲がどちらを信用するのかなんて考えるまでもない。弥次郎らにとぼけられたらそれまでだ。店の者らが自分に対して、内心でおもしろくないと思っているのは承知している。相談できる味方はいない。
そして孤立無援のような状況にて騒ぎ立てれば、自分はきっと店を追い出されるのにちがいない。
さりとて見て見ぬふりをするのもしのびなく……。
思い悩んだ末に、ぼたんがとった手段が投げ文であった。
べつに信じてもらえなくてもいい。ただ、店の周辺を岡っ引きがうろついているとわかれば、悪党への牽制になると考えたからだ。
◇
話を聞き終えた藤士郎は、ぼたんには引き続きお梅たちの動向にそれとなく目を光らせておくように頼んで、別れた。
「にしても、こういうのを瓢箪(ひょうたん)から駒っていうのかねえ、銅鑼」
「そうだな藤士郎、まさか本当にこんなべたな悪だくみが起こっていようとは……」
はじめて松之助の生霊を見かけたときに、幽霊だとかんちがいをして「ひょっとしたら跡目の座を巡って、義母の手にかかって」なんぞと、どろどろした跡目争いを妄想したものであったが、それがよもやにて藤士郎たちはとても驚いた。
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