狐侍こんこんちき

月芝

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其の二百十二 五重塔の戦い

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 町人、鳶職、浪人、ぼて振り、手代、駕籠かき……。
 六人の殺し屋たち。
 様々な人相風体にて、手にする得物もいろいろであった。
 町人風の若者は匕首、鳶職は鳶口の金棒、浪人は刀、ぼて振りは木の棒に似せた仕込み杖、手代は紐状の暗器、駕籠かきは鉄の爪である手甲鉤(てっこうかぎ)――。

 元女房のみならず、そんな男たちにも囲まれて、魚心は窮地に陥った。

「あとはこっちで……。あんたはもう家に帰りな。これ以上、騒ぎが大きくなったら面倒だ」

 町人風の若者がそう言うと、元女房はうなづき、手にした短刀を仕舞う。
 元女房は魚心を一瞥してからその場を去ろうとする。
 けれども、ここで飛び込んできた藤士郎と鉢合わせとなり、逃げそびれてしまった。

「きゃっ」

 驚く元女房の声で、藤士郎が駆けつけたことを知った殺し屋たち。真っ先に動いたのはぼて振りの男であった。木の棒をひねれば、かちりと音がして、突端より刃物が飛び出す。それを短槍のごとく操っては、鋭い刺突を放つ。
 迫る穂先、だが藤士郎は足を止めず。小太刀にて受け流しつつ突進、柄を伝っていっきに相手へと肉迫する。
 ここで殺し屋と武芸者との差が出た。
 市井にまぎれて金で命を狩る殺し屋という職業は、それゆえに容赦なく、徹底的に無駄をはぶいて、すみやかに、着実に相手を屠る術に長けている。ゆえに一撃は必殺の意を込め、狙いすまして放つ。
 対して武芸者は、戦い全般を想定した鍛錬を積んでいる。熟練者同士の戦いともなれば、激しい斬り結びとなることもあれば、静かににらみ合っての神経戦などもある。
 つまり、二の手、三の手と、先々のことも考え、瞬時に判断して動くことが求められる。
 殺しに特化することと、戦いに特化することは、必ずしも同じではない。

 藤士郎の小太刀・鳥丸(からすまる)が閃き、ぼて振りの男がどうと倒れた。
 続けて藤士郎が向かったのは、駕籠かきである。突き出された鉄の爪を掻い潜り、駆け抜けざまに胴を薙ぐ。
 これで残りは三人となったが、慌てて藤士郎は足を止めて、上体を思い切りそらした。

「ちっ」

 舌打ちをしたのは手代であった。いつの間にか藤士郎の進路上にぴぃんと張られていた細紐、もしも勢いのままに駆け続けていれば、首を引っかけて倒れたところを寄ってたかって殺されるか、あるいはそのまま細紐でくびり殺されていたであろう。
 ぎりぎりのところで察して藤士郎はかわした。小太刀にて細紐を断ったところで、襲いかかってきたのは浪人者である。
 大胆な踏み込みから振るわれたのは、風切り音をまとう豪快な剣だ。
 なかなかの太刀筋にて、当たれば一刀にて真っ二つにされることであろう。
 けれども藤士郎には当たらない。揺れ柳のごとき柔らかさにて、受け流し、すかさず肝臓の辺りに当身を喰らわせ、相手がよろめいたところを腕を取って投げ飛ばす。
 ろくに受け身も取れなかった相手は、背中から固い石床に叩きつけられて、それきりとなった。

 これで残りは町人風の若者と鳶職のみとなった。
 だが、藤士郎はここで攻勢を止めた。
 訝しむ殺し屋たちを警戒しつつ、藤士郎は元女房に声をかける。

「なぁ、もういいだろう。ここいらで手打ちにしないか?」

 ここまで、藤士郎が放ったのは峰打ちばかり、一人も殺めてはいない。
 理由は、市井の殺し屋どもと揉めてもいいことがひとつもないから。
 魚心を助けたものの、そのあとに自分が延々と命をつけ狙われたのではたまったものじゃない。
 ことここに至れば、藤士郎も誰が魚心を殺めるように依頼をしたのかはわかっている。
 元女房が元亭主を殺す。
 銅鑼が『いやなもんを見るはめになるぞ』と言っていたのは、このことであったのだ。
 まぁ、魚心を殺したいほど憎む気持ちはわからぬでもない。さりとて実際に殺してしまったら、それまでだ。いまならばまだ引き返せる。

「わざわざ貴女が手を汚すまでもないよ。なにせ柳生一門が動いているからね。いずれ年貢の納め時がくる。魚心さんには江戸を出て行ってもらって、もう、二度と、貴女たち母娘の前に姿をあらわさないように言い含めるから、どうか……」

 この提案に対して、意外にも素直に応じたのは元女房ではなくて、残った殺し屋ふたりであった。うなづき合ったとおもったら、あっさり得物を納めたのだ。

「こちらとしては、貰えるもんさえ貰えれば、それでいい。仲間も無事みたいだしな」

 殺し屋たちが手を引くと言ってくれて、内心でほっとする藤士郎であったが、それと同時に首をひねっていた。「はて?」妙に物分かりがいい。自分で言い出したことだけど、もっと意固地になってごねるかと考えていたのだが……。
 こうなると、ひとり意地を張るわけにもいかず、元女房もしぶしぶながら首を縦に振ってくれた。
 この交渉のさなか、魚心はすっかり蚊帳の外であった。
 元女房から殺したいほど恨まれていると知って、すっかり色を失っていたからである。
 さしもの魚心も、元女房から短刀を突きつけられたのが、相当に堪えたようだ。


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