狐侍こんこんちき

月芝

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其の百九十九 裏柳生

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 黄金色に変わりはじめている薄野(すすきの)に身をひそめつつ「まいったな」とつぶやいたのは藤士郎。すぐ脇には魚心の姿もある。
 狸一家の助力もあって窮地を脱したかとおもわれたが、隅田川の川原に到着してほっとしたのもつかのま、藤士郎は何者かの視線に気がついた。
 が、いくら探ろうともどこにいるのかがわからない。どれだけ撒こうとしても、まとわりつく気配がいっこうにふり払えない。ならばとわざと隙をみせて誘ってみたが、それには応じず。
 巧みな隠形の術。徹底して距離をとっており不用意に近づいてこない……。追跡や監視を任とする者。その道の達人。
 そんな凄腕を投入している。
 何度も魚心に煮え湯を飲まされているがゆえに、今回、柳生一門はかなり本気だということ。本気で狩りにきている。

 息をひそめて警戒していた藤士郎、視界の隅にてほんのわずかながらも不自然な挙動をした尾花を見咎め、すぐさま「危ない!」
 魚心を押し倒すようにしてかばったところ、藤士郎らの上をかすめたのは分銅がついた組み紐。これと同時に周囲の繁みがざわつき、三つの影が踊りかかってきた。裏柳生の手の者たち。
 このままではふたりまとめて串刺しにされかねない。
 とっさに機転をきかせたのは下にかばわれていた魚心。地面の土を握るなり、ぱっとこれを襲撃者らに向けて撒いた。
 それが牽制となり、わずかに勢いがにぶった襲撃者たち。
 すかさず跳ね起きる藤士郎。立ち上がったひょうしに背後の相手に頭突きを見舞う。横合いから迫る相手には蹴りを、さらに正面の敵の腕をとっては「えいやっ」と背負い投げ、鼻先に頭突きを喰らって苦しんでいる者へと投げつけた。

  ◇

 ざざざざざ……。

 草のこすれる音とともに尾花が揺れて、薄野に走る幾つもの筋。
 中央にて先を急ぐのは藤士郎と魚心たち。やや前かがみ、低頭での移動。
 追いすがるようにして走る五本の筋は敵勢のもの。
 いつしか追尾していた筋の数が三本に減っていた。
 左右に分かれた二本、仲間たちより突出し速度をあげた。大きく迂回しての先回り。
 身を隠す尾花のために敵勢の陣容の変化に気づけなかった藤士郎たち。しばらく進んだところで前後から挟撃を受けることになった。
 薄野の下での攻防。周囲も互いの姿もよく見えない。いきなり敵が飛び出してくるかのような状況下、一瞬の油断が命取りとなる。
 草の間から白刃がぎらり、突き入れられては、閃き、疾駆し、さっとまた潜る。
 前後左右から襲われる。たまらず顔をあげれば、たちまち飛んでくる分銅や手裏剣たち。
 あわてて頭を引っ込めたら、そこに殺到する敵勢。
 藤士郎たちも必死に応戦しているが、一撃離脱をくり返す敵勢に苦戦を強いられる。

 さなかのことであった。

「ぐっ」

 うめいたのは魚心。みれば右脚のふくらはぎから血が流れている。
 どうやら斬られてしまったようだ。傷自体はさほど深くはない。けれども場所が悪くて、浅いわりに血の量が多い。
 藤士郎は手拭いにて傷をぎゅっと縛っての応急処置を施す。

「魚心さん、歩けますか?」
「問題ない。これしき、傷のうちにははいらん」

 と魚心は笑うが、傷に当てた手拭いはみるみる赤くなっていく。無理をしてこれ以上に傷口が広がれば危うい。
 こうなればまだ動けるうちにこちらから攻めて、活路を見出すべきか。
 思案する藤士郎。その鼻がひくり。
 漂ってきたのは枯草が燃えるような匂い、気づけば視界にも薄っすらと靄(もや)がかかっているではないか。

「っ! 連中、火を放ったのか」

 薄野に潜った獲物を炙り出すために。
 このままでは煙に巻かれてしまう。そこでふたりはあわてて水のある川の方へと向かったのだが……。

 急ぎ薄野を抜け出したところで、ふたりはきょとん。
 なぜなら火なんぞちっとも起こっていなかったからである。
 それで遅まきながら気がつき、藤士郎は「しまった、謀られた」
 いくら連中が本気とて、白昼堂々に江戸の真ん中を通っている隅田川沿いの場所で、盛大な焼き討ちなんぞをするわけがない。そんなことちょっと考えればわかることなのに、よほど焦っていたらしい。藤士郎はほぞを噛むも、すでにあとの祭りであった。
 炙り出された獲物を待ちかまえていたのは編み笠姿の侍たち。総勢二十ほど。それらが一斉に刀を抜いた。


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