狐侍こんこんちき

月芝

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其の百八十九 疫病神

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 藤士郎の父である平蔵は生涯無役であったが、なんの因果か死んでからあの世で仕官が適って、いまでは地獄で官吏をしている。ちなみにその妻であり藤士郎にとっては母になる志乃は出戻っているので、現在は単身赴任中。

「息災であったか、藤士郎」

 夢枕に立ちそう言った父平蔵は、少しやつれていた。
 あいかわらず仕事が忙しそうである。父平蔵いわく「下っ端はつらいよ」「宮仕えなんぞはするもんじゃないな。はははは」とのこと。
 まぁ、それはさておき……。

「ふむ、じつはな。いま江戸が何げに危機にあってな」

 なんぞと父平蔵。
 銅鑼こと窮奇のみならず、饕餮(とうてつ)も海を渡り江戸入りをしている。つまりかつて大陸を震撼させた四凶のうちの二角が同じ地にいるということ。大妖が揃っているというだけで、大なり小なりその影響が周囲に波及する。そのせいで妖や怪異のみならず人心までもが、ざわざわざと。

「……それはまた迷惑なのがあらわれましたね。でも、まさかそれを私にどうにかしろとか言いませんよね?」
「さすがにそんな無茶は言わんよ。というか、あれは個人でどうこうできる代物じゃない。それに饕餮という魔物は性質は悪いが、じつはあまり乱暴狼藉は働かんらしいし」

 知識、財、この世のあらゆるものをひたすら貪り食らう、貪欲を象徴する魔物。
 それが饕餮。己が欲求を満たすためならば、他者がどうなろうと知ったことではなく、その欲求は底なし。だが自身が積極的に動いて暴れたりは、まずしない。ただじっくり、とっくり、ねっとり、対象を観察する学者肌。ただし見込まれた相手はいい迷惑。あれこれと降りかかる百難にさらされ、飽きるまで玩具にされる。
 一難で飽きるか、百難では済まずに千難になるかは、饕餮の気分次第。

「おっふ、とんだ疫病神じゃないですか」
「まぁな、しかし饕餮に関しては同じ四凶である銅鑼殿に任せておけば良い。だがそれよりも――」
「えっ! まだ何かあるのですか」
「あぁ、むしろこれからが本題だ。おまえは饕餮を疫病神といったが、じつは本物の疫病神が近々江戸に来訪する」
「なっ!」

 疫病神は世に疫病をもたらす悪神。
 それが江戸に来る。それすなわち江戸にて病が流行するということ。
 だがこれはべつにいまに始まったことではない。なぜなら疫病神は各地を放浪しており、一か所に居つくことはないからだ。
 なのに父平蔵がわざわざ報せてきたということは、次に流行する病は疱瘡(ほうそう)か麻疹(はしか)、あるいは虎烈刺(ころり)か……。
 残念ながら何の病が発現するのかは、直前にならないとわからない。
 たんに疫病神があらわれたからとて、病がぽんっと発生するわけじゃない。下地となるいろんな条件が重なった上に、病の種類が決定されるのだ。

「饕餮だけでもたいへんなのに疫病神まで。なんてこったい!」

 頭を抱える藤士郎。
 だが父平蔵はこほんと咳払いの後に、「あー、いや、問題は疫病神ではなくてだなぁ」となんとも気まずそうに言った。

「問題なのは、このことに貧乏神がえらくご立腹でなぁ。それですまんが、藤士郎には彼女のご機嫌伺いに吉原へと行ってもらいたいのだ」
「はぁ?」

 話がいきなり明後日の方向へと転がったもので、藤士郎はきょとん。
 疫病神のせいで貧乏神が機嫌を損ねている?
 それをなだめるのに遊郭へ行け?
 というか、彼女?


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