189 / 483
其の百八十九 疫病神
しおりを挟む藤士郎の父である平蔵は生涯無役であったが、なんの因果か死んでからあの世で仕官が適って、いまでは地獄で官吏をしている。ちなみにその妻であり藤士郎にとっては母になる志乃は出戻っているので、現在は単身赴任中。
「息災であったか、藤士郎」
夢枕に立ちそう言った父平蔵は、少しやつれていた。
あいかわらず仕事が忙しそうである。父平蔵いわく「下っ端はつらいよ」「宮仕えなんぞはするもんじゃないな。はははは」とのこと。
まぁ、それはさておき……。
「ふむ、じつはな。いま江戸が何げに危機にあってな」
なんぞと父平蔵。
銅鑼こと窮奇のみならず、饕餮(とうてつ)も海を渡り江戸入りをしている。つまりかつて大陸を震撼させた四凶のうちの二角が同じ地にいるということ。大妖が揃っているというだけで、大なり小なりその影響が周囲に波及する。そのせいで妖や怪異のみならず人心までもが、ざわざわざと。
「……それはまた迷惑なのがあらわれましたね。でも、まさかそれを私にどうにかしろとか言いませんよね?」
「さすがにそんな無茶は言わんよ。というか、あれは個人でどうこうできる代物じゃない。それに饕餮という魔物は性質は悪いが、じつはあまり乱暴狼藉は働かんらしいし」
知識、財、この世のあらゆるものをひたすら貪り食らう、貪欲を象徴する魔物。
それが饕餮。己が欲求を満たすためならば、他者がどうなろうと知ったことではなく、その欲求は底なし。だが自身が積極的に動いて暴れたりは、まずしない。ただじっくり、とっくり、ねっとり、対象を観察する学者肌。ただし見込まれた相手はいい迷惑。あれこれと降りかかる百難にさらされ、飽きるまで玩具にされる。
一難で飽きるか、百難では済まずに千難になるかは、饕餮の気分次第。
「おっふ、とんだ疫病神じゃないですか」
「まぁな、しかし饕餮に関しては同じ四凶である銅鑼殿に任せておけば良い。だがそれよりも――」
「えっ! まだ何かあるのですか」
「あぁ、むしろこれからが本題だ。おまえは饕餮を疫病神といったが、じつは本物の疫病神が近々江戸に来訪する」
「なっ!」
疫病神は世に疫病をもたらす悪神。
それが江戸に来る。それすなわち江戸にて病が流行するということ。
だがこれはべつにいまに始まったことではない。なぜなら疫病神は各地を放浪しており、一か所に居つくことはないからだ。
なのに父平蔵がわざわざ報せてきたということは、次に流行する病は疱瘡(ほうそう)か麻疹(はしか)、あるいは虎烈刺(ころり)か……。
残念ながら何の病が発現するのかは、直前にならないとわからない。
たんに疫病神があらわれたからとて、病がぽんっと発生するわけじゃない。下地となるいろんな条件が重なった上に、病の種類が決定されるのだ。
「饕餮だけでもたいへんなのに疫病神まで。なんてこったい!」
頭を抱える藤士郎。
だが父平蔵はこほんと咳払いの後に、「あー、いや、問題は疫病神ではなくてだなぁ」となんとも気まずそうに言った。
「問題なのは、このことに貧乏神がえらくご立腹でなぁ。それですまんが、藤士郎には彼女のご機嫌伺いに吉原へと行ってもらいたいのだ」
「はぁ?」
話がいきなり明後日の方向へと転がったもので、藤士郎はきょとん。
疫病神のせいで貧乏神が機嫌を損ねている?
それをなだめるのに遊郭へ行け?
というか、彼女?
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる