狐侍こんこんちき

月芝

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其の百八十八 箔と格と欲

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 近頃、江戸で静かに流行しているという妖怪骨牌(ようかいかるた)。
 銀花堂の若だんなから実物を見せてもらった藤士郎。だが、それからほんの三日ばかりで、その実物が失われることになるとは夢にも思わなかった。

「大丈夫なんですか?」

 銀花堂に賊が入ったとの報せを受けて、息せき切ってかけつけた藤士郎。
 案ずる藤士郎に、「ええ、おかげさまで、たいした被害は」と笑顔をみせた若だんな。

「どうやら目当てはあの骨牌だけだったみたいで、他が荒らされなかったのは幸いでしたよ」

 書物問屋の銀花堂は父子そろって読書狂いということもあって、膨大な数の冊子や巻物などを所有している。なかには古くて貴重な書物もあって「無闇に蔵や棚を荒らされなくて良かった」と若だんな。
 そこに「なんだ? おまえもきていたのか」と声をかけたのは役人。
 南町奉行所の定廻り同心をしている近藤左馬之助(こんどうさまのすけ)。健康的に焼けた肌に精悍な顔立ち。がっちりとした岩のような体躯をしており、いかにも屈強な武士然としている。若くして切れ者と評判の有望株。捕り物での活躍が話題となって何度か瓦版になったこともあり、藤士郎の知己でもある。

 左馬之助が自身の顎を撫でながら言った。

「妖怪骨牌だけに的を絞って、他には見向きもしちゃいねえ。この手際の良さ。素人の仕事じゃねえな。にしてもまたか……」
「また?」と藤士郎。
「あぁ、じつは骨牌絡みで似たような事件が他にも二件起きている。もっともうちひとつは殺しだがな」

 妖怪骨牌が世間で話題になるほどに、求める好事家が増えている。
 だが精緻な造りに加えて作り手も不明。出処もよくわからない品ゆえに、なかなか手に入らない。
 そうこうしているうちに、気がつけば裏での値打ちがずんずん高騰しており、噂では小判の切り餅ふたつみっつぐらい、ぽんと出す者もいるんだとか。
 珍しい品が高額で取引される。それすなわち妖怪骨牌は立派なお宝であるということ。
 となれば骨牌の札がまるで小判の束に見えてくるもので、ついにはそれを巡っての諍いから殺しまで起きたんだとか。
 するとそんな人死にすらもが、かえって妖怪骨牌に箔を付けたというから呆れた話。
 おどろおどろしい絵柄に、不気味な逸話まで重なって、より凄味を増し風格を得た。
 まぁ、観る側の勝手な思い込みゆえの錯覚なのだが、とにもかくにもいろんな尾ひれがついてしまった。

 若だんなが手に入れたのは品の出始めであったこともあり、ほとんど元値にてちょっとした贅沢品程度の値で買えたのだが……。

「はぁ」と嘆息する若だんな。「だからでしたか、じつはここのところ譲って欲しいって話がちょいちょいきていたんですよ」

 この話に「ほう」と関心を示す左馬之助。「その連中のことを教えてもらえるかい?」
 どうやら左馬之助は、まずはそちらの線から洗ってみるつもりのようである。盗みは玄人の仕事。ひょっとしたら何者かに雇われたのかもしれないと考えたようだ。
 箔と格と欲を得たことにより、ぐんと存在感を増した妖怪骨牌。

「むしろ厄介払いができたと考えることにしますよ」

 若だんなは肩をすくめる。下手に持ち続けていたら、もっと大きな災いに見舞われていたかもしれない。
 そう割り切れる若だんなはやはり出来人なのであろう。藤士郎は感心しつつ、銀花堂を辞去した。

「なんにしても若だんなや店の者らが無事でよかった。でも、このまま騒ぎが大きくなったら骨牌の方は御上から横槍が入るかもしれないね。もっとも下手に発禁処分なんてしようものならば、逆にもっと値が高騰しそうだけれども」

 この時点では、しょせんは自分には関係ないことと考えていた藤士郎。
 だがそうは問屋が卸さない。
 その日の夜更けのことであった。
 ひさしぶり夢枕に父平蔵が立った。


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