狐侍こんこんちき

月芝

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其の百八十六 四凶

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 目を覚ましたとたんに「みぃ、みぃ」と鳴く子猫。
 親を求めてか、寝ぼけて混乱しているのか。
 そいつの首根っこをくわえて知念寺を出た銅鑼。向かうは置屋の和田屋である。

「……にしても、今日に限ってちっともいやしねえ」

 銅鑼がぼやいたのは、いつもはそこいらにいる野良猫や猫又の連中をまるで見かけないこと。いれば荷物を丸投げにできるのに。
 かとおもえば、どうでもいいのに遭遇する。

「ぐるるるるるるる」

 野良犬に行く手を阻まれた。
 人混みを避けて路地裏を移動していたのが仇となったか。
 とはいえ相手はしょせん犬である。銅鑼の敵ではない。だからひとにらみして追い払おうとしたのだけれども。

「げっ!」

 犬は複数いた。それもみなたいそう腹をすかせており、いら立ち興奮している。興奮が伝播して、ぎゃんぎゃん、わんわん!
 こうなると下手な威嚇は逆効果。むしろ興奮を助長し、誰彼かまわず襲いかかる。

「いつもならば犬っころが何頭いようが屁でもねえが、いまは……」

 ちらりとくわえている子猫を見た銅鑼は、いきなり駆け出す。
 三十六計逃げるにしかず。

 野良犬の群れはしつこかった。
 なにせ連中は無駄に鼻が利くもので。
 そいつをどうにか撒いて和田屋に到着した銅鑼は、さっそく表を掃いていた娘に声をかける。

「おい、しらたま」

 しらたまは、新雪のようにきれいな白毛の雌猫で、小田原宿を縄張りにしている猫又親分の五右衛門の末娘。いろいろあって現在は大戸屋の心助(しんすけ)と晴れて婚約の仲となっている。ちなみにそのいろいろに藤士郎と銅鑼が関わって以来の付き合いである。
 銅鑼から事情を聞かされ、子猫の身柄はあっさりしらたまへと委ねられた。

「おまえたちの伝手を使えば、そいつの親兄弟を見つけることもたやすいだろう」
「はい、しかとお預かりしました。あとのことはおまかせください」

 よしんば見つけられなくとも、和田屋であれば安心。

「じゃあな、しっかり飯を喰ってでっかくなれよ」
「みぃ、みぃ」

 軽く子猫をへちゃむくれの鼻づらで小突いてから、銅鑼は和田屋をあとにした。

  ◇

 なんだか無駄に疲れたもので帰路についた銅鑼。
 家の近所のくだん坂をのしのし歩いていたときのこと。
 どこからともなく聞こえてきたのは「くっくっくっ」という不快な失笑。
 とたんに銅鑼の目つきが険しいものとなる。
 気配はすれども姿は見せず。
 だが銅鑼には相手の正体がすぐにわかったらしく、その名を口にした。

「饕餮か……。またぞろ古いのがあらわれたな」

 遥か古の時代。大陸の中原にて猛威を振るい、おおいに名を馳せた四体の大妖たち。
 これを四凶という。
 そのうちが一角、知識、財、この世のあらゆるものをひたすら貪り食らう、貪欲を象徴する魔物――饕餮(とうてつ)。

「ひさしいな、しかしあの暴れん坊の窮奇(きゅうき)がずいぶんと丸くなったものよ。まさか迷子の子猫の世話を焼くとはなぁ」
「けっ、うるせえ。それよりも何しにきやがった?」
「なぁに、懐かしい顔を見かけたものでちと挨拶でもとな」
「ふん、だったら手土産のひとつでも持ってこい」
「そいつは失礼した。次は何か用意するとしよう。ではいずれまた……」

 ふっと気配がかき消えて、饕餮はさっさと行ってしまった。
 残された銅鑼は「江戸の賑わいに誘われたか。またぞろやっかいなのがあらわれやがった」とぼそり。


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