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其の百八十一 力と技
しおりを挟む轟っ! 十文字槍がうなるたびに死肉が千切れ飛ぶ。
鎧武者が邪魔な障害物を容赦なく排除していく。
亡者の群れを盾として陰から隙を狙うという藤士郎の作戦に対し、鎧武者が選択したのは盾ごと押し込むという荒業。ばたばたと倒れていく亡者たち。相手の長柄を封じるつもりが、逆に自身の足枷となり、藤士郎は接近どころではなく後退を余儀なくされた。
そこをすかさず突きが襲いくる。しかも亡者越しにっ!
鎧武者の間にいた亡者の身をたやすく貫く槍の穂先。
藤士郎からは攻撃が発せられるところが見えていない。なのに鎧武者にはある程度、藤士郎の動きがばれている。その理由は亡者どもの動き。連中の動きは鈍い。だが狂骨によって召喚された亡者らは生者をしつように追いかける習性を持つ。それを利用されたせい。
このことに藤士郎が気づいたときには、すでに眼前に槍の切っ先が迫っていた。
「ならばっ!」
藤士郎は穂先に向かって腕をのばす。いや、より正しくは穂先に貫かれて攻撃にまきこまれた亡者の身へと。
よくうら寂しい柳の木に例えられる、ひょろっとした狐侍は四肢が長い。ゆえに腕をめいっぱいにのばせば、その分だけ懐が深くなる。
十文字槍の穂先をその深い懐に向かえ入れつつ、刃が身に当たるぎりぎりのところで藤士郎がぐいと押したのは亡者の身。これにより刺突を外側にそらす。
ただでさえ制御がむずかしい長柄、先端にいらぬ重しをつけている。一方の藤士郎は切っ先が触れるほどにまで引きつけている。この状態でより力を発揮できるのは藤士郎。
結果、鎧武者の槍が貫いた亡者ごとそれた。
次の瞬間、藤士郎は大きく踏み込んだ。ここを攻め時と定めいっきに間合いを詰める。
まとわりつく死肉の塊のせいで穂先の動きが著しく鈍い。
横刃による引っかけや、返しの刃はない。殴打もままならず。
ゆえに藤士郎は突進する。その進行を少しでも鈍らせようと、鎧武者が強引に槍身を横滑り。薙ぎ倒すのではなくて、槍にて身を抑えつけるような動作をとる。
この時点で両者の距離は一丈を切っていた。
「あと少し」
ぎりっと歯を食いしばり藤士郎はさらに前へと。
これを阻もうとする槍身は小太刀・鳥丸にて受けて、その表面を滑るようにして進む。
だが刹那のこと、手の中に衝撃が走り気づけば鳥丸が己の手の中より、空へと舞い上がっていた。
槍による巻き上げ!
小太刀と槍が触れたとおもったらたちまち絡めとられていた。
距離が近いほどに力はより強く伝わりやすい。先ほど藤士郎がやったことと同じ。
重たい十文字の穂先をつけた二丈ほどもある槍を自在に操る剛の者。手元をひねり、ぎゅるりと槍を回転させ、烏丸は抗えずこれに巻き込まれてしまう。
槍の妙技により無手となった藤士郎。だが止まらず。そのまま直進。
これは鎧武者も想定外であったのか、わずかに反応がおくれた。その間にさらに距離を詰めた藤士郎。いよいよ、五尺を切ったところでおもむろに抜いたのは、壊れかけの守り刀。十文字槍の一撃で刀身にひびを入れられたそれを鎧武者の喉へと突き入れる。
させじと手のひらをかざしこれを防ごうとする鎧武者であったが、防ぎ切れず。
ずぶりと突き立った切っ先が、そのまま手のひらを貫通し喉元へと至る。
ぐっぐっと体ごとぶつかり、さらに刃を押し込む藤士郎。
だがそこで飛んできたのが横殴り。ついに槍を手放した鎧武者による拳の殴打。これを脇に喰らって藤士郎は「ぐはっ」
こらえきれず狐侍は敵前にて横倒しとなる。
拳の一撃にて倒れたのは、先に無茶をしたせい。死肉越しに迫る十文字槍の穂先をさばいたときに、わずかながらも切っ先が身を掠めていたのだ。その傷を狙われた。
傷口を抉られて藤士郎の横腹に血がにじむ。すぐに立ち上がろうとするも痛みと、頭がくらくらするせいでうまく立てない。
いま襲われたらひとたまりもない。
が、追撃が振るわれることはなかった。
見上げれば鎧武者の首が半ばもげていたからである。首に深々と守り刀が刺さった状態で無理に身をひねったせいだ。
両膝をつき、どうと前倒しになった鎧武者。
辛くも勝利を得た藤士郎、だが余韻に浸っている暇はない。なにせここは亡者の群れに囲まれた死地にも等しい場所なのだから。すぐに守り刀を引き抜いてその場を立ち去ろうとする。けれどもそれは適わない。
守り刀は折れていた。刀身は鎧武者の身に深く食い込んだまま。
ゆえに回収を諦め藤士郎は、飛ばされた烏丸を拾いに行く。
ちらりと丘の方に目をやれば、聞こえてくる読経の声が一段と高くなっている。どうやらあちらもいよいよ佳境に入ったようだ。
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