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其の百七十九 亡者の群れと狐侍
しおりを挟む斜面をいっきに駆けおり、藤士郎は亡者の群れへ突撃。
両腕を突き出し抱きかかるようにして近づいてきた相手、愛刀の小太刀・鳥丸(からすまる)にて胸をひと突き。切っ先はたやすく通る。
だが、血は流れず。相手は亡者ゆえに倒れない。
「やはり駄目か。なら!」
閃くもう一刀。
抜いたのは巌然から預けられた霊験あらたかな守り刀である。
さすがはひと振り三十両、効果覿面(こうかてきめん)にて首を刈られた亡者は膝から崩れ落ちてそれきりとなった。
二刃乱舞! 小太刀二刀流となった藤士郎。右の鳥丸にて敵を牽制し、左の守り刀にてとどめを刺す。
亡者どもの反応は鈍く、動きも単調。
瞬く間に三体を倒した藤士郎は、そこでいったん離脱。
「こっちだ!」
声を張り、亡者の群れを引きつけながら丘から離れていく。
釣られて追ってくる群れ。藤士郎はときおり立ち止まってはふり返り、突出した先頭集団を叩き、また逃げるをくり返す。
そうやって亡者の群れの周囲をぐるぐる回るようにして駆ける。
亡者たちには連携などという概念はなく、狐侍の動きに合わせて「あーうー」と奇声を発しながら、ふらふらと追いかけるばかり。
とはいえ数が多い。囲まれて一斉に押し込まれたら危険だ。
だから野菜の皮を剥くようにして集団を削る。
◇
いかな名刀とて使い続ければ切れ味が鈍るもの。ましてや対象が人体、それも腐りかけの死肉ともなればなおのこと。
気をつけつつ戦っていた藤士郎であったが十四体目にして「あっ!」
振るった守り刀、それが途中で止まった。原因は骨の固いところに当たったせい。
すぐに喰い込んだ刃を引き抜こうとするも、ねっちりした血肉が邪魔をする。だから藤士郎はしっかり柄を握り直し、足で相手の体を蹴飛ばして強引に引き抜いた。
でもその反動で自分もよろめき膝をつく。そこへ襲いかかってくる複数の亡者たち。
亡者の攻撃は極めて原始的にて、噛むのみ。
だがこれが恐い。大きな口を開けてかじりにくる人の歯、歯、歯……。
それらが一斉に向かってくる光景は悪夢そのもの。うっかり触れられたらたちまち喰い千切られる。
苦境に立たされた藤士郎、体術では捌ききれないと判断し、懐より取り出したのは御札の束。うちの数枚を引き抜くなり、ばっと自分の周囲にばら撒いた。
一枚三両もする巌然和尚の御札の紙吹雪。これまた効果抜群にてたちまち群がっていた亡者どもを駆逐する。
これを嫌って亡者どもが散り包囲が解けたところで、藤士郎は窮地を脱した。
◇
丘の上でから巌然の読経が聞こえてくる。あちらはあちらでたいへんそうだが、声が聞こえているうちは無事ということ。
それを聞き流しつつ、藤士郎はひたすら亡者の群れと対峙する。
かれこれ倒した数が三十を越えたので、やや群れの勢いや圧力が減ってきたもので、ほっとしたのも束の間のこと。
がちゃん、がちゃん、がちゃん……。
闇の向こうから聞こえてきたのは具足の音。
姿をあらわしたのは鎧武者。鴉天狗を模した甲(かぶと)の奥にて光る双眸。頬当てをしており顔はわからない。
「なっ、でかい……」
長身痩躯の狐侍が見上げるほどの背丈。七尺ほどもあり、肩幅も広く、知己である近藤左馬之助をふた回りぐらい大きくしたよう。
それが見せかけだけでないのは、ぶぅんと振るった十文字槍にて判明する。
近くにいた亡者どもを撫で斬り。まるで稲でも刈るかのようにして、ざくっとまとめて刈ってしまった。
なんという武技! 膂力だけではとてもこうはいかない。見事に十文字槍を使いこなしている証左。いまの世に生きる侍にはない剣呑な気配をまとっている。それは戦場という生死の境を駆け抜けた者のみが会得するもの。
人や妖相手に幾多の死闘を経てきた狐侍とて戦場だけは経験したことがない。
鎧武者が悠然と十文字槍を構える。
かつてない強敵との邂逅に藤士郎はぶるると武者震い。
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