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其の百七十六 枯れ井戸
しおりを挟む末代まで祟るではないが、先祖の因業のつけが子孫に押し寄せている。
それが小谷村の現状……、そしていまの村長はきっと何も知らない。会ってからまだ数日だが、宅で世話になり朝夕と顔を合わせていればおのずと人柄も知れるというもの。
それとなく英舜についても訊いてみたが、「あぁ、たしかそんなお人もいたような」という薄い反応。
英舜に起こった出来事について村長は何も知らない。
まぁ、わざわざ子や孫に自分の悪事を語って聞かせる必要はないし、後悔して遺筆を残したとして、それを読んだ子孫が自分の地位を脅かすような危険な代物を大切にとっておくとも思えない。
故人を偲ぶ墓については、そもそもない。いまでこそ村で共同の墓所をかまえているが、当時は山に捨てて野ざらしが当たり前。穴に埋めたり焼いたりしてもらえれば御の字といった時代であったのだ。
◇
まだ陽が高いうちに巌然と藤士郎が訪れていたのは、村に点在している枯れ井戸のうちのひとつ。巌然がすべてを巡って、怪しげな気配を感じたところなのだが……。
「あんまり深くありませんね」
縁より奥を覗き込んだ藤士郎。そこの枯れ井戸は半ば埋もれている。長い歳月によるものなのか、意図的に土を放り込んだのかはわからない。
「うむ、だが内側をよく見てみろ」
巌然に促されて確認すれば、下から上へと掻き傷が走っている。狂骨の仕業だ。奴がここから地上へとあらわれているのは間違いないようだ。
枯れ井戸の底までは一丈ほど。用意した蔓で下まで降りた藤士郎。巌然から命じられるままに掘ってみる。すると意外にも土は柔らかく、持ち込んだ木の枝でもたやすく掘れた。
でもすぐに人の手首が姿を見せたもので、藤士郎はぎょっ!
狂骨に襲われ姿を消した村人の成れの果て。
「ということは、この下には他にも……」
犠牲者は十人以上、そのすべてがここに埋められている。
ごくりと唾を呑み込んだ藤士郎。急に恐ろしくなった。自分がたくさんの骸の上に立っているということもだが、何よりこの場所が厭であった。もしもこんな狭いところで狂骨と遭遇したらと考えただけでぞっとする。
地上へと戻った藤士郎。遺体を掘り出すにしても、底の底にあるかもしれぬ英舜の骸を探すにしても相当の人手と時間がかかるだろうと報告すれば、「そうか」と巌然は思案顔。
「村長に協力を頼むしかあるまいな。できれば英舜の骨のひと欠片でも手に入れば、ぐんと楽になったのだがしようがあるまい」
「いっそ井戸を完全に潰してしまうとか」
おずおず藤士郎が言ってみるも巌然が首を振る。
「無駄であろうよ。蓋をしたとてすり抜けてくる。あれは表に出たところで顕現するからな」
だが出現場所が特定できたのは大きい。
今宵はここで待ち伏せをして狂骨を迎え討つ。
そう決め、藤士郎らはさっそく準備に取りかかった。
◇
今晩、藤士郎の出番はない。補助に徹する。
巌然が術にて狂骨を惑わす。
八卦の陣とは違う結界に閉じ込め朝までしのぐ。
枯れ井戸の前で焚き火を燃やし、これを絶やさぬように藤士郎が管理し、巌然はひたすら祈祷を行う。
逢魔が刻より少し前から始まった加持祈祷。
やがて夜となり井戸から「あぁあぁぁぁぁ」という呻き声が聞こえてきた。
けれどもいつまでたっても奴は出てこない。
それもそのはず。狂骨は長い長い井戸の中を延々と上っているのだがら。
出口は見えているのにちっとも近づかない。まるで蜃気楼や虹を追いかけているよう。これこそが巌然の術。
汗だくとなりながら、巌然は一心不乱に真言を唱え続ける。
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