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其の百七十一 追いかけっこ
しおりを挟む狂骨になるのは僧侶が多い。
藤士郎はこれを念頭に人別帳を調べてみるが……。
「ふぅ、ようやく半分ほど調べが済んだけど、それらしい名前はないか。っていうか、小谷村ってお寺がないよね? 旅の僧とかだったらさすがにお手上げかも」
次の人別帳に手をのばす藤士郎。
その脇では村の地形を記した紙とにらめっこしている巌然。今日、札を配り歩きながら、住人らに話を聞きつつまとめたもの。ところどころにある丸印は枯れ井戸。
『狂骨は井中の白骨なり』
と伝わる怪異。
そして古来より地の底深くにのびる井戸は、冥府へ通じるとされる場所。
かの小野篁(おののたかむら)さまも、夜な夜な都にある六道珍皇寺の古井戸からせっせとあの世に通っては、閻魔庁にて裁判の補佐というお役目をこなしていたという。ちなみにこの御方は地獄で官吏をしている藤士郎の父平蔵の大先輩である。
「あっ! そうか。だったら父上に訊くのもありかも。閻魔庁ならしっかり記録が残っているだろうし。でも毎日地獄送りにされるのが大勢いて、てんてこまいだって話だから、該当する者を探し出すのはむずかしいか……」
ぶつぶつ口の中でつぶやきながら帳簿をめくっては、記されている文字に藤士郎は目を走らせていく。しかし調べてみてわかったが、ここ小谷村では驚くほどに人の動きが少ない。ふつうは農家の次男や三男などは婚姻や丁稚奉公などで外に出されることが大半なのだが、土地を離れたという記録がほとんどない。
いくらここが元流刑地とはいえ、それもずっと過去のこと。いまはちがうはずなのにこの徹底ぶりはいったいどこからきているのか?
そんな藤士郎の考えが、つい口の端から零れたのを聞きつけた巌然が地図より顔をあげた。
「何代にも渡って染みついた因習、かたよった見方、こびりついた業、穢れという名の偏見、身分、産まれ……。いったん凝り固まったそれらは一朝一夕にはどうにもならん」
そういうものだと周囲が認識し、自分たちも「だからしようがない」とこれを受け入れる。それが当たり前になるのにはさほど時間は必要ないが、なってしまったらこれを解くのはそれよりもずっともっと多くの時間が必要となる。
いささか言い方は悪いが、負け犬根性はなかなか抜けないということ。
「村の者らと話してあらためて思い知ったわ。ここ小谷村の抱えている闇は相当に根深いぞ。まぁ、それはおいおい考えるとして、まずは狂骨をどうにかせねばな」
「今夜も土蔵に押し込めてはどうでしょう?」
「……無理であろうな」
「駄目ですか」
「あぁ、元が優秀であったろう僧侶な分だけ無駄に教養があって知恵が回る。さすがに骨だけの身となっているから、その大部分は失われているがそれでも侮れん」
「では?」
「うむ、今宵は川原に誘き寄せて、そこで相手をするつもりだ」
小谷村を縦断している石だらけの水無川(みずなしがわ)。
大量にある石にて八つの塚を築いて、八卦の陣なる密教の秘術にて狂骨を右も左もわからない濃霧に閉じ込める。
「霧ですか、でもあそこは山向こうから吹くからっ風の通り道ですよ。大丈夫なんですか」
「問題ない。そのための塚だ。一晩ぐらいならばもつだろう。ただし……」
じーっと見つめてくる巌然の視線で、なんとなく己の役割を察して藤士郎の背中にじんわり厭な汗がにじむ。
◇
「ちくしょう、やっぱりかーっ!」
夜の村の中を文句たらたらで走るのは藤士郎。
巌然は陣の準備に忙しいので、その間、狂骨の相手をしつつうまく引き込む役は藤士郎に丸投げされた。
そして現在、狐侍と狂骨は追いかけっこの真っ最中。
準備が完了すれば巌然が指笛を吹いて報せると言っていたが、かれこれ一刻は経とうかというのに合図はまだ聞こえてこない。
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