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其の百四十一 ひょうたん沼の攻防 後編
しおりを挟む五人目を斬り伏せた桑名以蔵。
息つく暇もなく襲ってくる六人目。
血風をまとい閃く刃。返す刀でこれの素っ首を叩き落とそうとするも、刃が相手の首筋に触れたところで、ぴしり。
手の中に違和感が生じ、桑名以蔵は表情を険しくする。仕込み杖の刀身の限界が近い。無理をすれば寿命が縮まる。まだ敵は残っているというのに……。
一瞬、迷いが生じた。それが剣速を鈍らせる。
刹那、のびてきたのは六人目の手。掴んだのは仕込み杖の刀身。両手でがっちり咥え込み、押せども引けどもびくともしない。
ばかりか己の首元に刃を押し込むかのようにしてぐいぐい。傷口から血があふれ出すのもおかまいなし。むしろ己を肉の盾にしてくる。身命を賭して剣を止めるといえば聞こえがいいが、その様は狂気の沙汰であった。桑名以蔵は戦慄を禁じ得ない。
「しまった!」
刀を封じられた桑名以蔵、いささか動揺するもすぐさま杖を手放し、そばに落ちていた敵の得物を拾って対処しようとする。
だがその時になってある異変に気がついた。
「敵の姿が足りない?」
たしか十人ばかりいたはず。必死に斬り結ぶうち、いつの間にやらふたりばかり姿が見えなくなっていた。仲間を呼びにいったのであろうか。
その行方が知れたのは、背後から聞こえた「きゃっ」という美耶の悲鳴にて。
ひょうたん沼のくびれ、向こう岸より跳んでくる影。
四間ほどの距離を飛び越えてくるではないか!
忍びの者でもなければ越えられまい、無理をして押し通ろうとすれば水音が立ちすぐにわかる。そう考えての背水の陣であったが敵は予想の上を行く。読みが甘かった。
「ぐっ、あくまでも狙いは美耶ということか」
目の前の相手を思い切り押しのけ、すぐさまきびすを返す桑名以蔵。後方にいる美耶の下へと駆けつける。肩を掴み強引に彼女と自分の身を入れ替え、敵前へと踊り出る。飛来する敵影。すかさず振られた刃が胴体を薙ぐ。
からくも救援に間に合う。けれども窮地はまだ脱せず。
斬られた敵が腸をぶち撒けながらも桑名以蔵へとりついてきた。半ば飛びかかられるような格好。義足ではろくに踏ん張りが利かない。こらえきれず、がばっと押し倒されてしまった。
しがみ掴まれ身動きがとれない。どうにか逃れようとするが、すごい力にて振りほどけない。
焦る桑名以蔵。それを逃がすまいとさらにまとわりついてくる敵。
直後のこと。もつれるふたりの脇にすたっと着地したのは新手。陣の背後に回っていたのはひとりではなかったのだ。
「いかん、逃げろ、美耶お嬢さんっ」
桑名以蔵が叫びながら、どうにか自由になった片腕をのばし新手の足首を掴む。わずかにでも逃げる時間を稼ごうとする。
あくまで己の仕事をまっとうしようとする桑名以蔵。その目を見て美耶も動く。
しかしその前に立ちはだかったのは、首から仕込み杖の刃を生やした者。血塗れにてふらふらしながらも、両腕を前に突き出し美耶へと迫る。
凄惨な姿の相手に一瞬怯んだ美耶。だがそれでも相手の動きが遅いことを見抜いて「えいや」と体当たり。沼に叩き落として活路をこじ開ける。
だが「やった!」と喜んだのも束の間、白刃を引っさげ新たな敵があらわれた。
相手の姿を目にしたとたん、美耶のまなじりがきっとあがる。
「その服装……、あんた宗近だろう。やれやれ、もとから見下げていたけれども、なんて様だよ。どこまで男を下げれば気が済むんだ。先代の肇(はじめ)さまも、きっと草葉の陰で泣いてるよ」
常日頃からたまっていた鬱憤を吐き出しての、美耶の啖呵。
だが黒い狐の面をかぶった宗近は特に反応せず。無言のままで刀を振り上げ、斬りかかる素振りをみせたもので、さしもの勝ち気な美耶ももはやこれまでかと覚悟を決める。
だがその時のことであった。
ばさり。
まるで廻船の帆が風を受けてはためくような音がしたとおもったら、急に周囲の夜陰がいっとう濃くなった。
そしていきなり、ぐしゃり。
潰れたのは小木野宗近の体。半ば地面にめり込み倒れている。
踏んづけていたのは黒銀色をした有翼の大虎。
「ったく、危なっかしくて見ちゃいられねえなぁ。だが干し芋とかすてらは美味かった。その分ぐらいは働いてやるよ」
いきなりあらわれた喋る大虎が、たちまち残敵を文字通り一蹴したもので、桑名以蔵と美耶は呆気にとられて、ぽかん。
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